嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
 きちんとマナーを身につければ、貴族として生活できる。カイの言葉をとりあえず信じて、次に連れていかれたのは人里離れた屋敷だった。老人ばかりが使用人として住んでおり、そこでベッティは淑女教育を学ばされた。
 いざとなれば金目の物を盗んで逃げだせばいい。あの時はそう思っていたものの、老人と言えどデルプフェルト家に雇われる者たちだ。みな諜報活動に()けていて、ベッティが悪さをしようと思ってもすべて未遂(みすい)に終わっていたに違いない。

 スラム街育ちのベッティに対して、根気よく対応がなされていった。意外にもベッティは物覚えがすこぶる良く、マナー教師も(いた)く驚いていたほどだ。自分にこんな才能があったとはうれしい誤算だった。
 努力の甲斐あって、父親だという貴族に会わせてくれることになったのは、それからわずか数か月後のことだ。

「へぇ、案外(サマ)になったね」

 レッスンを受けている間、一度も姿を現さなかったカイは、第一声でそんなことを言った。出来すぎた話をどこか信じ切れていなかったベッティは、出会った日と同じ冷めた瞳のカイを見て、ひどく安堵したのを覚えている。

 令嬢仕様に着飾って、カイに連れられデルプフェルト侯爵に引き合わされた。行った先の屋敷には、自分の兄姉(きょうだい)だと言う人間がカイ以外にも何人もいた。もの珍しげにこちらを見やっては、ひそひそと小声で囁き合う。それが何とも居心地悪く感じられた。

 それでも完璧な身のこなしで、侯爵の前で淑女の礼を取った。ここでヘマをやらかしてはいけない。この男にうまく取り入れば、屋敷(ここ)で遊んで暮らせるようになる。なんとしても本当の娘だと認めさせようと、初めはそんなことばかりを考えていた。

「名は?」
「エリザベスにございます」
「よい、近くへ」

 顔を上げ、いそいそと侯爵の元へと進む。身に覚えがないと突っぱねられても、カフスボタンを盾に、どうあっても言いくるめなくては。
 半ば進みかけ、ベッティは侯爵と目が合った。獲物を見定めた蛇のような瞳に、つんのめるように歩みが止まる。

「その髪の色……確かに覚えがある。我が娘よ、もっと近くへ」

 目を細め、侯爵はゆっくりと手招きをしてきた。あっさり認知をされて、本来なら小躍りしてよろこぶところだ。しかしベッティは本能的な恐怖を感じ、どうにも足がすくんでしまっていた。
 固まったまま動かなくなったベッティをしばし眺め、侯爵は可笑しそうに唇の片側を吊り上げた。次いで豪華な上座の椅子から立ち上がる。緩慢な動きで近づくと、侯爵はベッティを舐めるように上から下まで見回した。

「良い色だ。気に入った」

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