嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
 真っ白い髪をひと房持ち上げ、侯爵は満足げな笑みを()いた。そこに狂気の影を見て、気づけばベッティは脱兎(だっと)のごとく、カイの背後に逃げ込んでいた。

「あたい、あいつ、むりむりむりぃ」

 震えながらカイのジャケットを握りしめる。ざわつく場に、カイだけがぷっと小さくふき出した。

「いいよ、大丈夫。なんとかしてあげるから」

 ぽんとベッティの頭に手を置くと、カイは綺麗に結われた髪を、乱すようにいい子いい子と何度か撫でた。

「父上。彼女をここに住まわせるのはまだ早いかと。貴族社会に馴染(なじ)めるまで、しばらくはオレ預かりということでよろしいですか?」
「……よかろう。ただし、時々は顔を見せよ。カイ、お前もだ」

 しばらくと言わず、ずっと預かっていてほしい。この男の元で暮らすなど、とてもではないができそうもなかった。

 その後ベッティは人里離れた屋敷に戻され、再び淑女教育をやり直すことになった。マナー教師に合格をもらったら、今度こそ侯爵の元に置いていかれてしまう。贅沢な暮らしはここでも十分できる。そう納得し、ベッティは身に着けた作法や言葉遣いを、覚えられないと(かたく)なに(いつわ)ることにした。

 そんなベッティを追い出すでもなく、時間を作ってはカイはよく会いに来てくれた。侯爵の元に呼ばれるたびに、置き去りにされる恐怖がやってくる。させてなるものかと、カイの後ろを絶対に離れずにいた。警戒心の強かったベッティは、そんなふうにしてカイにだけは次第に心を開いていった。

 その日々の中で、デルプフェルト家の者たちが諜報活動をしていることを、ベッティは(おの)ずと知ることになる。その方面での技術を身に着け、カイの下で働きたい。使用人としてデルプフェルト家に籍を置くことを、ベッティは強く望むようになった。

「本当にそれでいいの? 貴族の立場の方がいろいろと贅沢できるでしょ?」
「今の待遇もわたしにとっては十分贅沢ですのでぇ。言葉遣いもここどまりですしぃ、貴族稼業よりもお家の仕事の方がわたしの(しょう)に合ってますぅ。わたしきっと役に立ちますよぉ。カイ坊ちゃまの元で使ってほしいんですぅ」

 できないフリをしていることに、もちろんカイも気づいているはずだ。少し考えるそぶりをしてから、カイはベッティの目を真っすぐに見た。

「分かった。ただしひとつだけ、して欲しいことがある」

 真剣なまなざしを向けられる。どんな無理難題を出されるのかと、ベッティは神妙に頷いた。

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