嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
 しれっと言ってのけたカイに、ダミアンは醜悪な者を見る視線を向けてくる。感情の起伏が激しく安い挑発にすぐに乗る次兄は、人の上に立つ器とは言い難い。とは言え、自分も昔は随分と周囲にトゲを振りまいたものだ。あの頃は若かったと、カイはそんなことを思っていた。

「用件が済んだらご希望通りすぐ帰りますよ。オレも王城騎士としてそれなりに忙しい身ですから」
「お前ごときが騎士気取りなど……まったく忌々(いまいま)しい」

 ザイデル公爵家が謀反(むほん)を起こした時、その配下にあったデルプフェルト家も連帯で罪を問われた。そこを王家に永遠の忠誠を誓う形をもってして、侯爵家はお取り潰しを免れたのだ。カイが騎士として王城で仕えることは、デルプフェルト家にとって大きな意味があった。
 カイはいわば人質の役割を果たしているのだが、ダミアンにはそんな単純なことすら理解できないようだ。この次兄が家を継いだなら、デルプフェルト家はすぐにでも傾くに違いない。

(ハインリヒ様のことだから、有能な人材だけは王家に引き抜くだろうな)

 ニコニコ顔でダミアンを見やり、大げさに手を広げてみせる。

「兄上がいてくださるので、オレも安心して家を出ていけますよ」
「ふん、そんな上手い口を叩いて、腹の内では何を考えているやらだ」

 カイが跡目を継ぐなどあり得ないというのに、疑心に満ちた次兄は昔から小物感が丸出しだ。もっともカイに降りた託宣の存在を知らないのだから、仕方ないことだと放置しているカイだった。
 どの道デルプフェルト家がこの先どうなろうと、興味のひとつも湧きはしない。ベッティとジルヴェスターの行く末だけ、道を外さないようにと願うのみだ。

 舌打ちを残して去って行ったダミアンを見送ったあと、気を取り直して廊下を進む。面倒事はさっさと済ませるに限るというものだ。

(そういやイジドーラ様、この前報告に行ったとき、墓参りのこと話に出さなかったな。オレは別に気にしたりしないのに……)

 以前からのことだが、イジドーラはどうやらベアトリーセの話題を避けている(ふし)がある。叔母の気遣いに、知らず口元が(ほころ)んだ。イジドーラだけはずっとカイの味方でいてくれた。その事実だけが、あの頃のカイを世界に繋ぎ止めていたのだろう。

 デルプフェルトの屋敷で暮らした日々は、今となってはうろ覚えの状態だ。独りきりで過ごす部屋。がらんとした室内に、雨風が窓を叩く音がただ響く。

 そんな中、思い出したようにベアトリーセはカイの前へと現れた。この顔を見ては時にわめき散らし、時に手を振り上げ、時に大きく泣き崩れる。そしてほんの時折、カイの小さな体を腕に強く抱きしめた。
 それほどまでに辛いのなら、会いになど来なければいいのに。すすり泣く声を聞きながら、幼いカイは他人事のように思っていた。

 あの日のベアトリーセの息遣いは、いまだこの耳元に残っている。それなのに、母の腕に抱かれる自分に現実感はなく、どこか遠く一歩下がった視点で思い出されるばかりだった。

 晩年のベアトリーセは、赤い葡萄酒の印象しかない。ワイングラスを片手に、胸に人形を抱く。そんなアンバランスな姿にもかかわらず、正気を手放したベアトリーセはとてもしあわせそうに目に映った。
 もはやその瞳にカイの姿を映すことなく、無邪気に微笑んでは、酒を(あお)り、そして慈愛の視線を人形へと落とす。

 薄汚れた人形は、幼いカイの幻影だ。あの腕に抱かれ、確かに愛された時もあったのかもしれない。カイに降りた忌まわしき託宣を知るその日までは。

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