嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
 今となっては、母親に対して恨みごとなど欠片(かけら)も抱いていない。
 ベアトリーセは弱い人間だった。カイにしてみれば、ただそれだけのこと。不都合な現実から目を逸らすことが許された、そんな幸運な立場にいたというだけの話だ。

「父上、お呼びにより参上しましたよ」
「来たか、カイよ」

 大した用事もないくせに、侯爵はいつもカイを呼びつける。律儀にそれに応える理由は、イジドーラに迷惑をかけたくないからだ。
 サロンには兄姉が数人いたが、カイの姿を認めるとそそくさといなくなった。人払いのなされた静かな空間で、カイは父親と対峙する。

「もっと近くへ」

 侯爵はこの家で、唯一真実を知る者だ。ベアトリーセがカイを拒絶し狂った理由も、すべて知った上で何もかもを放置した。

「膝を」

 言われるがまま目の前で膝をついた。頬を撫でられ上向かされる。最初に正気を手放したのは、きっとこの男だったのだろう。狂った両親から生まれた自分が、まともであるはずもない。自嘲(じちょう)めいた考えが、やたらとカイの中で()に落ちた。

 まだ幼い時分、温もりを求めて泣きながら屋敷内を彷徨(さまよ)っていた夜に、カイは父親に出くわしたことがある。侯爵は今と変わらない笑みを浮かべて、今と同じようにカイの頬を撫でてきた。

「いい色だ」

 あの夜と同じ言葉を侯爵は口にした。満足げに目を細め、この男はいつでも同じ台詞(セリフ)を吐き続ける。

「よく飽きませんね」
「飽きるものか。お前を愛でるのも、此れ切りかもしれぬであろう?」

 嫌味のように言うも、(かえ)って笑みを深められた。この心ない言葉も聞き飽きた。託宣を果たした時、カイは世界から消え去る運命だ。その瞬間をこの男は待ち()びているのではないのだろうか。そう思わせるほど、侯爵の瞳は期待と好奇に満ちている。

 通り一遍のやりとりを終えて、カイはデルプフェルト家を後にした。家族とは一体何なのだろう。この家に来るたびに、柄にもなくそんなことを考える。
 世間で言うような家の在り方は、頭でなら理解はできる。だが自分が今ここにいるのは、父親と母親がまぐあった結果なだけだ。いくら考えようとも、その事実以上のことは何ひとつ見いだせない。

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