嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
     ◇
「あとはそちらの貴族名鑑に目を通して、一通りおさらいしておいてください」

 礼儀作法を教える夫人が出ていって、ルチアはちいさくため息をついた。まじめに覚えないことには、説教時間が長くなるだけだ。それを学習したルチアは、物覚えの良い優秀な生徒に見えたことだろう。

 夜会ではブルーメ子爵のそばを離れないこと。不用意にひとりにならないこと。絶対に殿方とふたりきりにならないこと。そんなことをクドクドと話して聞かされた。

(結局はどれも同じことじゃない)

 貴族でもない自分が社交界デビューを果たすなど、馬鹿げているとしか言いようがない。そうは思うものの、ここを飛び出す勇気もなかった。贅沢に慣れてしまった自分が、これからの凍える季節を独りきりで生き抜けるとは思えない。ずっと迷っているうちに、デビューの夜会は目前となってしまった。

 仕方なく言われたとおりに貴族名鑑をめくる。侯爵家の並びで、ルチアはよく見知った者の名前を見つけた。

(カイ・デルプフェルト……)

 二年前、王都の外れ街で道に迷っていた時に、ルチアは偶然カイに助けられた。変な契約書にサインをさせた上で、ルチアを目的地のこんがり亭まで送ってくれたりもした。あの日、自分でいいとこの坊ちゃんだと言っていたが、移り住んだダーミッシュ領でカイが貴族だと知った時にはそれはもう驚いてしまった。

 契約書に書いてあったものと同じ名前を貴族名鑑で見つけ、カイが正真正銘侯爵家の人間であることも分かった。貴族階級について詳しく教えられた今では、子爵家と侯爵家とではとてつもなく(へだ)たりがあることを、ルチアは十分に理解している。しかもカイは前王妃の甥らしい。驚きを通り越して、現実感がまるでなくなってしまった。

「そういえば始めて会った日、王子様を守る仕事をしてるって言ってたっけ……」

 その時は見え透いた嘘をつくカイを、まったく信用できなかった。だがあの言葉は実は本当だったのかもしれない。
 そんな彼の立場からしてみれば、出会ったときのルチアは取るに足りない平民だったはずだ。なぜカイが親切にしてくれたのか。今でもその理由が分からなかった。

 ダーミッシュ領の学校にいたときにも突然現れ、まるで自分を探していたかのような口ぶりだった。夏前にはブルーメ家にもやってきた。イグナーツの代わりに様子を見に来たと言っていたが、カイはその時も変わらず気さくにルチアに接した。

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