嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
(この中に入るのか……)

 波ひとつない水面は、天井の模様を映している。覗き込むと、そこに聖女のような格好の自分が加わって、マルコはなんとも奇妙な気分になった。

 (ゆる)されない者はそもそも泉に近づけない。神官長からそう聞かされていたマルコは、恐る恐る泉に片足を()けた。何の抵抗もなかったことにほっとして、もう片方の足も踏み入れる。水中の(ふち)にある階段を降り、ざぶりざぶりと波を立てながら中央を目指した。

「なんだ……なんてことはないや」

 静寂の空間に、漏れ出た呟きが反響する。泉の神事を執り行っても、神託が降りることは滅多にないらしい。時間までここに入っているだけでいいのだと、ようやくマルコの肩から力が抜けた。

 水の中は心地よくて、次第に眠くなってくる。あくびを噛み殺し、寝ないようにと辺りを見回した。石造りの壁には細かく古代文字が刻まれている。天井に描かれているのは繊細な幾何学(きかがく)模様で、それを見上げていると余計に眠たくなってきた。

(まだ、終わらないのかな……)

 さほどかからないと言われたのに、やたらと長く感じられる。どうにも眠気に(あらが)えなくて、マルコの頭がこくりこくりと船をこぎ出した。
 立ったまま意識が朦朧(もうろう)としてくる。前のめりに大きく傾き、ヴェールごと(ひたい)(なか)ば泉に沈み込んだ。しばらくその姿勢でいたマルコの頭が、やがてゆらりと持ち上がる。

 閉じていた(まぶた)がゆっくり開かれ、しばらくぼんやりと前を見つめていた。ふいに生気のなかった瞳に光が宿る。

「なぁんだ。ほんと、なんてことないや」

 少女のような口調で、言葉が紡がれた。

「マルコ、ずっと閉じ込められちゃってて可哀そう。モモにできること、なんかあるかなぁ?」

 たのしげに泉が手のひらで叩かれる。くすくすと笑いながら、(いびつ)に跳ね踊る波を、マルコはいくつもいくつも作っていった。

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