嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
「ですがルチア様は旦那様が決めたお相手とぉ、ご結婚なさることになるでしょうねぇ。いいじゃないですかぁ。貴族でいれば食いっぱぐれることもないですしぃ、一生楽して暮らせますよぅ」

 なぜそこまで頑なに貴族の立場を嫌がるのか理解ができない。父親があの異様なデルプフェルト侯爵でなかったら、ベッティも今ごろ貴族令嬢の立場を満喫していたに違いない。

 はっとしてベッティは廊下に出る扉を見やった。遠く耳をそばだてる。異変を感じたルチアが、つられるように身を固くした。

「何? 急にどうしたの?」
「誰かがこちらにやってくるようですねぇ。ちょっと慌ててる感じの足音がしますぅ」
「え? 別に何も聞こえないわ」

 同じように聞き耳を立てるも、ルチアは(いぶか)しげな顔となる。しかしそこはそれ、ベッティは凄腕諜報員。耳の良さはいつもカイに褒められるし、見知った人間の足音を聞き分けるなど朝飯前だ。

(あの歩き方は……)

 慌てていてもとても優美な足取りだ。常人の耳では、無音で歩いているように感じるだろう。

(みずか)らこっちに出向くってことはぁ、やっぱり相当怒ってるってことですよねぇ)

 さすがの彼女も怒り心頭のようだ。処罰のひとつくらいは覚悟して、ノックをされる前に扉を開き、ベッティは訪問者を迎え入れた。

「リーゼロッテ様ぁ、わざわざこちらにご足労いただくなんてぇ、超絶お急ぎのご用事ですかぁ?」
「ベッティ!」

 体当たりの勢いで、リーゼロッテはベッティに抱きついてきた。一瞬殴られるのかとも思ったが、このしがみつきようはまるで戦場から帰還した恋人を迎える抱擁(ほうよう)だ。

「ベッティ、ベッティ、ベッティ、ベッティ……!」
「はいはい、わたしはベッティですよぅ。いったい全体どうなさったんですかぁ?」

 両肩に手を添えて、困惑しながら顔を覗き込んだ。目を真っ赤にしたリーゼロッテは、ぼろぼろと大粒の涙を(こぼ)している。

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