嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
「ルチア様、少しお話をしてもいいかしら?」
「……はい」
「そう緊張しないで。わたしは今でこそ子爵夫人の地位にいるけれど、元はこのフーゲンベルク家の使用人だったのよ」
「えっ!?」

 ようやくルチアの興味がこちらに向いた。ここで普通の貴族なら、手のひらを返したように冷たい態度を取って来る。生まれながらに貴族である彼らにとって、血筋とは何よりも重んじられるべきものだ。

「……じゃあ、はじめは平民だったってことですよね?」
「ええ、この公爵家で生まれ育って、ずっとアデライーデ様の侍女として仕えていたの。家令のマテアスがいるでしょう? 彼はわたしの弟よ」
「侍女として……」

 思った以上に食い気味に、ルチアはエマニュエルの話題に乗ってきた。

「エマニュエル様はどうしてわざわざ貴族になったんですか?」
「わざわざ……? と言うか、夫にそう強く望まれて」

 別に自慢話をしているわけではない。確かに貴族に取り入って、あわよくば伴侶や愛人の座を手に入れようとする者はいる。しかしエマニュエルの場合、立場的に断り切れなかったと言うのが実情だ。

 たまたまフーゲンベルク家を訪れたブシュケッター子爵に見初(みそ)められて、エマニュエルは鬱陶(うっとう)しいほどの求婚をうけた。喜び勇んで嫁いだわけではなく、当時公爵だったジークフリートの勧めもあって、気づけばとんとん拍子に話が進んでしまっていたのだ。
 最初はまったく乗り気はしなかったが、アデライーデをより近くで支えられるようになる。そんな思いが芽生え、エマニュエルを前向きにさせた経緯もあった。

「貴族をやめたいって思ったことはなかったんですか?」
「それはたいへんなこともあったけれど……」

 質問の意図が掴めなくて、エマニュエルは眉をひそめた。
 子爵夫人になった当初は、夜会などで陰口や陰湿な仕打ちを受けることも多かった。しかし貴族になった以上ある程度は覚悟していたし、元来負けず嫌いな性格なこともあって、そこら辺は物ともしなかったエマニュエルだ。

 公爵家の後ろ(だて)があったこと。嫁ぎ先の子爵家では歓待(かんたい)されたこと。母ロミルダが貴族の出であったこと。これらも幸運だったと言えるだろう。
 何より、貴族として生きていくことに疑問を持たなかったのは、騎士となったアデライーデがいつ社交界に戻ってもいいように、その居場所を確保しようと必死だったからだ。

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