嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
 人気(ひとけ)のない廊下に声が反響する。祖母の横には、赤ん坊を抱えたひとりの令嬢がいた。お(くる)みからはみだした鮮やかな赤毛が、クリスティーナの目に飛び込んでくる。

「その子はだぁれ?」

 不思議に思って首をかしげたあと、クリスティーナは(そば)にあった大きな二枚扉に目を向けた。

「呼んでる」

 歩み寄って小さな手をかざす。青龍のレリーフが(すみれ)色に輝き、扉はひとりでに開いていった。

「青龍が呼んでいるわ。おばあさまも、そこのあなたも……」

 ふたりを促し、自らも扉をくぐる。部屋の奥には、大きな(さかずき)に泉が湧いていた。こぽこぽと静かに水音を立て、その(ふち)から絶えず清水を溢れさせている。

「その子を近づけて」

 指し示すと、戸惑いながらも令嬢は赤ん坊を(はい)の泉に近づけた。
 静かだった水面(みなも)から、(まばゆ)い光が溢れ出る。洪水のように跳ね踊る光の(うず)を前に、赤ん坊が無邪気な笑い声を上げた。同時にクリスティーナの顔からすっと表情が消え()せる。

 プラチナブロンドの髪が舞い上がり、菫色の瞳はどこか虚空を見つめた。纏いつく光の輝きが、掲げた手のひらから白く放たれる。

(なんじ)、リシルの名を受け、異形の者に命奪われし定め。もしくは、オーンの名を授かりて、ラスと対をなす、星に堕とす者となる」

 感情を乗せない声が、うわ言のように言葉を紡いでいった。泉に同じ文言(もんごん)が浮かび上がっては、繰り返し光の渦に消えていく。

「異形に命を……? イルムヒルデ様、この子は一体どうなると言うのですか?」

 青ざめた令嬢が、助けを求めるようにイルムヒルデの顔を見た。同様に色を失くしたイルムヒルデは、ただ首を振り返す。

「託宣は龍の意思……誰ひとりとして、授かった宿命から逃れることはできないわ」
「そんな……ではこの子が異形に殺されるのを黙って見ていろと言うのですか!?」
「許して、アニータ。わたくしにはどうすることもできないのよ」

 言葉を失った令嬢の腕の中、赤ん坊はうれしそうに手を伸ばした。(くう)を切った小さな手のひらの向こうで、光の文言(もんごん)が泉から溢れ続ける。

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