嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
「わ、わたし、怪しい者じゃないわ」

 犬相手に言って通じるはずもない。(うな)られ続け、対峙(たいじ)しながら後退(あとずさ)っていく。下がった分だけ犬も歩を進めてきて、ルチアは壁際に追い詰められてしまった。

 吠え声とともに犬が大きく飛びかかってくる。とっさに()けて、暗い家の中を逃げ回った。あちこち物にぶつかりながら、追われるまま、先にあった階段を駆け上がる。
 見つけたドアを開け、入りこめないようにと素早く閉めた。しばらくカリカリとドアをひっかいていたが、くうぅんとひと鳴きするとようやく犬は静かになった。

「た、助かった……」

 気が緩むのと同時に、どっと疲れが押し寄せる。決死の脱出から始まって、一日で何度も追いかけ回された。乗り心地の悪い辻馬車のせいもあって、足からおしりから体中が悲鳴を上げている。

 薄暗い中を手探りで進み、テーブルにあった小さなランプに火を灯す。明るくなった部屋を見回すと、散らかり放題の有様だった。床の至るところには本が乱雑に積まれ、テーブルの上も読みかけの本や書類で埋め尽くされている。

「美味しい紅茶の淹れ方……?」

 そのうちのひとつをぺらぺらと(めく)る。走り書きがたくさんしてあって、この本の持ち主は随分と勉強熱心のようだ。
 濡れたコートを脱ぎ、一脚だけあった椅子の背もたれに掛けた。赤毛を隠していたスカーフをはぎ取ると、ようやくの思いで腰かける。

「やだ、あなた、またそんなところにいたの?」

 おしりの下から這い出てきた小鬼は、ぴょこんと机に上に飛び乗って、うれしそうに何度か頷き返した。
 そのとき、ぎゅるるとルチアのお腹が派手に音を立てた。普段なら、今頃は目の前にご馳走が並べられている時間帯だ。

「途中で何か買っておけばよかった」

 予定ではとっくにこんがり亭に辿り着いているはずだった。再び腹の虫が鳴り、衝動的に飛び出してきたことを、今さらながら後悔し始める。

(何、弱気なこと言っているのよ。もうあそこに戻るなんてできないんだから)

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