嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
 姿勢よく腕を組み、エーミールは黙ったまま正面を見据(みす)えている。貴族と使用人が並んで椅子に座るなどあり得ない。自分から話かけることもできなくて、エラはひたすら困惑した。

 気まずい沈黙の中、不安な気持ちと相まって、胃のむかつきがこみ上げてくる。こらえきれず口元に手を添えると、目の前にハンカチが差し出された。

「こういう時はどうすればいい?」
「え?」
「子ができたのだろう?」

 思わず受け取りそうになった手を引っ込めて、エラはとっさに立ち上がった。

「エーミール様の、いえっ、グレーデン様のお手を(わずら)わせることでは……うぅっ」
「無理するな。いいからロミルダが来るまで座っていろ」

 腕を引かれ、元居た場所に座るよう促される。手を取られたまま半歩下がって、エラは必死に首を振った。

「で、ですがエーミー……グレーデン様の横に座るなどやはりできません。わたしはもう平民となりました」
「そんなに気になるか? ならばわたしが立っていよう」
「いけません! グレーデン様を差し置いてわたしだけ座るなど」
「だったらおとなしく座ってくれ。わたしがいいと言っているんだ。問題はないだろう」

 立ち上がったエーミールは、両肩を(つか)(なか)ば無理やりエラを座らせた。そして再びその横に腰かける。舞い戻った沈黙がいたたまれなくなって、エラは唇をかみしめた。

 妊娠してからというもの、エラの情緒はすぐ不安定になる。エーミールが何を考えているのか分からなくて、不安からか胸のむかつきがさらにひどくなった。

 だがこの居心地の悪さは、何よりも自分の行いのせいだ。誰とも結婚する気はないのだと、あれほどエラはエーミールを拒絶した。その癖、あっさりマテアスと一緒になってしまった。
 エーミールに軽蔑されたとしても、自業自得のことだ。それなのに胸の奥にわだかまる、この鈍い痛みは一体なんだというのか。

(わたしにこんなこと思う資格はない)

 いまだ自分の中でエーミールへの思いが(くすぶ)っていたことに、エラ自身驚いていた。マテアスの妻となり、今こうして子を宿している。だがこれは自らが望んで選んだことだ。
 リーゼロッテに生涯を捧げるための最良の選択だった。納得もしているし、後悔もしていない。

 そう思うのに、なぜ今自分は泣きそうになっているのだろうか。うつむいた膝の上、スカートの布を握りしめる。肩が触れそうな隣にいるエーミールの熱を感じながら、早くロミルダが来てくれることをただ願った。

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