嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
「エーミールでいい」
「え?」
「呼び名だ。もう今さらだろう」
「ですがわたしはもう……」
名で呼ぶのは貴族であるうちだけと、この冬に約束をした。平民となったエラにとって、エーミールはもはや雲の上の存在だ。
「いつかも言っただろう? 今は騎士団に身を置いているが、わたしはジークヴァルト様に生涯の忠誠を誓った。フーゲンベルク家の侍女長となったエラは、わたしとはいわば同志だ。ともに公爵家に仕え支える立場として、名で呼ぶくらい構わない」
「エーミール様……」
ダーミッシュ家の屋敷の廊下で、エーミールと交わした会話が蘇る。今思えば、あの出来事がふたりのはじまりだった。切なく疼くこころを抑えきれなくて、エラは苦しげに奥歯をかみしめた。
「気持ちが悪いのか?」
「い、いえ……あの、今ここで飴を舐めてもよろしいでしょうか……?」
「悪阻が和らぐとよく聞くな。ああ、そうするといい」
エーミールにじっと見つめられたまま、エラは飴玉を口に含んだ。広がる甘さとともに、胃の不快感が引いていく。
(エーミール様は矜持をもって旦那様にお仕えしている……リーゼロッテ様の侍女として、わたしもそれを見習わなくては……)
音を立てないように飴を舌で転がしながら、エラは自分の気持ちに区切りをつけた。エーミールの心の中に、自分などもう存在しないのだから。
それ以降会話もないまま、しばらくふたりで並んで座っていた。ほどなくしてロミルダがやってくると、エーミールはすぐこの場をあとにした。
「ロミルダ、迷惑をかけてすみません」
「いいのよそんなこと。それよりも……」
エーミールの去る背を目で追ったあと、ロミルダが気づかわしげにエラを見やる。何もなかったと安心させるため、エラは静かに首を振った。
「気分が悪くなったわたしに、エーミール様はついていてくださっただけです」
「そう……」
一瞬、何か言いたげにしたが、ロミルダはそれ以上聞いてはこなかった。切り替えるように笑顔をエラへと向けてくる。
「え?」
「呼び名だ。もう今さらだろう」
「ですがわたしはもう……」
名で呼ぶのは貴族であるうちだけと、この冬に約束をした。平民となったエラにとって、エーミールはもはや雲の上の存在だ。
「いつかも言っただろう? 今は騎士団に身を置いているが、わたしはジークヴァルト様に生涯の忠誠を誓った。フーゲンベルク家の侍女長となったエラは、わたしとはいわば同志だ。ともに公爵家に仕え支える立場として、名で呼ぶくらい構わない」
「エーミール様……」
ダーミッシュ家の屋敷の廊下で、エーミールと交わした会話が蘇る。今思えば、あの出来事がふたりのはじまりだった。切なく疼くこころを抑えきれなくて、エラは苦しげに奥歯をかみしめた。
「気持ちが悪いのか?」
「い、いえ……あの、今ここで飴を舐めてもよろしいでしょうか……?」
「悪阻が和らぐとよく聞くな。ああ、そうするといい」
エーミールにじっと見つめられたまま、エラは飴玉を口に含んだ。広がる甘さとともに、胃の不快感が引いていく。
(エーミール様は矜持をもって旦那様にお仕えしている……リーゼロッテ様の侍女として、わたしもそれを見習わなくては……)
音を立てないように飴を舌で転がしながら、エラは自分の気持ちに区切りをつけた。エーミールの心の中に、自分などもう存在しないのだから。
それ以降会話もないまま、しばらくふたりで並んで座っていた。ほどなくしてロミルダがやってくると、エーミールはすぐこの場をあとにした。
「ロミルダ、迷惑をかけてすみません」
「いいのよそんなこと。それよりも……」
エーミールの去る背を目で追ったあと、ロミルダが気づかわしげにエラを見やる。何もなかったと安心させるため、エラは静かに首を振った。
「気分が悪くなったわたしに、エーミール様はついていてくださっただけです」
「そう……」
一瞬、何か言いたげにしたが、ロミルダはそれ以上聞いてはこなかった。切り替えるように笑顔をエラへと向けてくる。