嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
 招いた公爵家のお茶会で、この光景はあり得ない。今すぐ降ろせと怒るべきだろうか? だが令嬢たちの前で、ジークヴァルトに恥をかかせるのはマズいかもしれない。とは言え今現在、ふたりで恥をかいているのもまた事実だ。

 どうするのが正解なのか分からない。リーゼロッテは視線を彷徨(さまよ)わせて、指導役のエマニュエルの姿を探した。遠まきに控えていた彼女と目が合った瞬間、さっと顔をそらされる。そのあからさまな態度に、最適解はないのだと知る。

「どうした? 気にしなくていいぞ?」
「ほほ、では遠慮なく」

 動じた様子もなく、ヤスミンは紅茶をひと口(ふく)んだ。次いでツェツィーリアが菓子に手を伸ばす。

「この紅茶は焼き菓子ととても相性がよろしいですわね。芳醇(ほうじゅん)な香りもたまりませんわ」

 ティーカップを片手に、ヤスミンがリーゼロッテに微笑みかける。髪を()き続けるジークヴァルトなど、そこにいないかのようだ。

「そちらはクラッセン家から頂いたもので……」
「王妃殿下のご実家ね。ということは隣国のお茶なのかしら?」

 アンネマリーの実家は代々他国との外交を務めている。国交は少ないので、もっぱら隣国アランシーヌ専門だ。

「どうりで変わった味の……じゃなかった美味しいお紅茶だと思いましたわ。さっすがフーゲンベルク家ですっ」

 カミカミのままクラーラがぐいと紅茶をあおった。その横でルチアも上品な手つきでカップに口をつけている。
 その間イザベラだけが、膝抱っこされているリーゼロッテを凝視していた。ここは気を利かせて見て見ぬふりをしてほしいものだ。

「イザベラ様もどうぞお召し上がりになって? 今日の菓子はアーモンドをふんだんに使っていて、美容にもよろしいんですのよ」

 気をそらすため、泣き虫ジョンのアーモンドケーキを勧めてみる。ふいに後ろから長い手が延ばされた。リーゼロッテ用のフォークでケーキがひと(すく)いされると、耳元で悪魔が(きた)りて(ささや)いた。

「あーん」

 眼前に迫る甘い香りのケーキを、リーゼロッテは条件反射で口にしてしまった。唇からフォークが抜き取られたときは、もはや後の祭りのことだ。

 濃厚なクリームとバターの風味が舌の上でとろけ、遅れてアーモンドの香ばしさが鼻腔に広がった。(のど)の奥までもが至福で満ち、しあわせの(かたまり)を静かに咀嚼(そしゃく)する。そこでようやく我に返った。顔を上げ、恐る恐る周囲に目を向ける。

 全員が全員、こちらに視線を向けていた。ひとりひとりと目が合って、リーゼロッテはみるみるうちに涙目になった。

「うまいか?」
「美味しいです……美味しいですけれども……」

 腕の中、(うる)む瞳で見上げると、羞恥で震える唇を親指の腹で(ぬぐ)われる。

「ふふふ、ほんとお甘いですこと」
「甘すぎて胸やけがしますわ」

 そう言いつつも、イザベラがケーキを口に運び出す。クラーラがそれに(なら)うと、ツェツィーリアとルチアも各々(おのおの)のペースで食べ始めた。


 マテアスの迎えが来るまでの間、ジークヴァルトのあーんは延々と続けられ、茶会の後半の記憶がほぼ飛んでしまったリーゼロッテなのだった。

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