嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
     ◇
 最後尾の列から、カイは寒々しい聖堂の様子を見守っていた。
 ここにいるすべての者の視線が、リーゼロッテへと注がれている。カイが冷めた表情をしていても、誰も気に留めることはないだろう。

 その過程がどうであれ、対の託宣を受けた者が進む先に待つのは、約束された安寧(あんねい)だ。それはあのハインリヒにしてもそうだった。苦悩の果てに龍が与えるのは、輝ける未来と充足の日々だ。

 高揚した様子の参列者の中で、ひとりうつむき加減でいるルチアが見えた。着飾った淑女の誰よりも、カイの目にはルチアの赤毛が鮮やかに映る。

 ルチアがブルーメ子爵家に迎え入れられてから、一年以上が経過していた。母親から教え込まれた作法のおかげか、思いのほかルチアはこの場に溶け込んでいる。だが彼女自身は、いまだ貴族社会に馴染めきれていないようだ。

 ジークヴァルトが花嫁に口づけた瞬間、静まり返っていた参列席から感嘆の声が溢れかえった。あのルチアでさえも、紅潮した頬を祭壇へと向けている。

 絵に描いたようなしあわせな場面だ。自分にもあんな日が来ることを、疑いもせずルチアは夢見ているのだろうか。

(ルチアはいずれ、異形の者に殺される)

 その日は確実にやってくる。龍の託宣によって定められた、誰にも(はば)むことのできない、ルチアが迎える無慈悲な結末だ。

 ハインリヒは最期まで、ルチアに託宣の存在を知らせる気はないでいるらしい。むしろその方がいい。いつ来るかも知れない死に(おび)えて生きるより、泡沫(うたかた)の夢を見続けている方が何倍もマシと言うものだ。

(聖女の力が――)

 感極まったリーゼロッテの体から、緑の力があふれ出る。制御の利かなかった昔と違って、それはさざ波のように流れていった。聖堂の壁までたどり着くと、(きら)めきながら穏やかに吸い込まれていく。

 壁伝いに何かが走ったのを感じて、カイはそれを目で追った。開けられたままの通用口から、薄暗い廊下が垣間見える。
 模様を描きながら、緑の筋が暗がりの奥へと消えていく。音を立てず、カイは聖堂の席をそっと離れた。

 まっすぐに伸びた廊下の遠く、不規則な軌道で緑の輝きが壁伝いを流れていく。やっとの思いで追いつくと、その光は壁の模様をなぞりながら進んでいることが見て取れた。

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