素直になれない高飛車王女様は今更「愛されたい」だなんて言えるわけがない
「つまらない顔」
精一杯そう言ってみたが、目の前の男は困ったように笑うだけだった。けれどジェラルドは決して容姿が劣っているわけではないのである。
癖のない黒髪に、長身だがきちんと鍛えられた体躯。
美しいという点ではシルヴィオの方が勝っているが、精悍な顔立ちは令嬢たちの密かな人気を集める。
今年は武術大会で優勝もしていたし、武芸は申し分ない。真面目な性格も相まって、現実的に夫にしたい男と言えば真っ先にジェラルドの名前が挙がるだろう。
「すみません。少しの間、この顔で我慢してください」
婚約者としてお披露目されたのちに夜会ですることと言えば、ダンスである。煌びやかなシャンデリアが昼間のように照らす大広間で、ロジータの心は燻ったままだった。
差し出されたこの手を断るのに必要なのはなんだろう。
勇気だろうか、覚悟だろうか。いっそ高らかにその頬を叩いて婚約破棄でも焚きつけてやればいいのか。
陶酔にも似た令嬢たちの囁きが聞こえてくる。
「今日もロジータ様はお美しい限りね」
「さすが“王宮の赤い薔薇”だわ」
「ジェラルド様と並んでいると本当によくお似合いで。元から揃いのよう」
王宮の赤い薔薇。
亡くなった王妃によく似ているというロジータを、人々はそう呼ぶ。それは父が好んで着せる赤いドレスのせいかもしれないし、この性格のせいかもしれない。
称賛されるのも嘲笑されるのも、その実大して変わりはないとロジータは思う。どちらも消費されるという点では同じだ。
「そんなにわたくしに足を踏まれたいの?」
「そういえば、確かに昔はよく姫様に踏まれましたね」
ジェラルドは懐かしそうに目を細めてそう言った。もう随分と昔の話だ。忘れてくれればいいものを。
デビュタントの時のダンスの練習相手は専ら彼だった。最初は兄も練習に付き合ってくれていたのだが、最後の方の相手はずっとジェラルドだった。
逃れるように顔を背けたら、手袋をした手は熱くなった耳を宥めるように撫でていった。
「失礼ね。今はもうちゃんと踊れるわよ」
実際ちゃんと踊ってきたのだ。隣国の賓客とだって誰とだって、今のロジータならちゃんとダンスの相手を務められる。
「それでは、証明して頂けますか」
これを踊ってしまえば、名実ともにジェラルドはロジータの夫になると、皆に認知されることになる。
けれどもう一度差し出されたその手を、今度は取らざるを得なかった。大きな手に手を重ねれば、どうしたって自分の手の小ささを意識させられる。
ゆっくりと音楽が流れ始めたら、体は勝手に動いた。曲は何度もジェラルドと練習した中の一つだった。
「本当だ。お上手になられましたね」
違う。上手なのはジェラルドだ。うまくロジータの間に合わせながらそれでいて、要所要所できちんとリードしてくる。
ターンを回る度にロジータの金色の髪が揺れた。頬が触れあうほどの距離で微笑まれたら、どうしたって胸が高鳴ってしまう。
兄が任せたのではない。自分が望んだのだ、練習相手はジェラルドがいいと。シルヴィオよりずっと優しくて上手だったから。ずっと、彼と踊っていたかったから。
いつの間にか、その力強い腕に全てを預けてしまいたくなってしまう。
ふわりふわりと夢うつつで踊っていたら、一拍反応するのが遅れた。そしてこの踵の高い靴はバランスが取りにくい。このまま無様に転んでしまうかと思った。
「……っ!」
けれど、そうなることはなかった。
「大丈夫ですか」
腰に回された手にぐっと引き寄せられる。周囲にそれと悟られないようにうまくフォローされてしまった。こんなところまで本当に抜かりがない。
ジェラルドの肩越しに、こちらを見ているシルヴィオと目が合った。一見何を考えているか分からない兄だが、それでも微妙に表情の変化はある。彫像のような顔はどことなく満足気だった。
やられた。まんまとシルヴィオの計略にはまってしまった。これではロジータがジェラルドで良いと公言しているのと何ら変わりなかった。
精一杯そう言ってみたが、目の前の男は困ったように笑うだけだった。けれどジェラルドは決して容姿が劣っているわけではないのである。
癖のない黒髪に、長身だがきちんと鍛えられた体躯。
美しいという点ではシルヴィオの方が勝っているが、精悍な顔立ちは令嬢たちの密かな人気を集める。
今年は武術大会で優勝もしていたし、武芸は申し分ない。真面目な性格も相まって、現実的に夫にしたい男と言えば真っ先にジェラルドの名前が挙がるだろう。
「すみません。少しの間、この顔で我慢してください」
婚約者としてお披露目されたのちに夜会ですることと言えば、ダンスである。煌びやかなシャンデリアが昼間のように照らす大広間で、ロジータの心は燻ったままだった。
差し出されたこの手を断るのに必要なのはなんだろう。
勇気だろうか、覚悟だろうか。いっそ高らかにその頬を叩いて婚約破棄でも焚きつけてやればいいのか。
陶酔にも似た令嬢たちの囁きが聞こえてくる。
「今日もロジータ様はお美しい限りね」
「さすが“王宮の赤い薔薇”だわ」
「ジェラルド様と並んでいると本当によくお似合いで。元から揃いのよう」
王宮の赤い薔薇。
亡くなった王妃によく似ているというロジータを、人々はそう呼ぶ。それは父が好んで着せる赤いドレスのせいかもしれないし、この性格のせいかもしれない。
称賛されるのも嘲笑されるのも、その実大して変わりはないとロジータは思う。どちらも消費されるという点では同じだ。
「そんなにわたくしに足を踏まれたいの?」
「そういえば、確かに昔はよく姫様に踏まれましたね」
ジェラルドは懐かしそうに目を細めてそう言った。もう随分と昔の話だ。忘れてくれればいいものを。
デビュタントの時のダンスの練習相手は専ら彼だった。最初は兄も練習に付き合ってくれていたのだが、最後の方の相手はずっとジェラルドだった。
逃れるように顔を背けたら、手袋をした手は熱くなった耳を宥めるように撫でていった。
「失礼ね。今はもうちゃんと踊れるわよ」
実際ちゃんと踊ってきたのだ。隣国の賓客とだって誰とだって、今のロジータならちゃんとダンスの相手を務められる。
「それでは、証明して頂けますか」
これを踊ってしまえば、名実ともにジェラルドはロジータの夫になると、皆に認知されることになる。
けれどもう一度差し出されたその手を、今度は取らざるを得なかった。大きな手に手を重ねれば、どうしたって自分の手の小ささを意識させられる。
ゆっくりと音楽が流れ始めたら、体は勝手に動いた。曲は何度もジェラルドと練習した中の一つだった。
「本当だ。お上手になられましたね」
違う。上手なのはジェラルドだ。うまくロジータの間に合わせながらそれでいて、要所要所できちんとリードしてくる。
ターンを回る度にロジータの金色の髪が揺れた。頬が触れあうほどの距離で微笑まれたら、どうしたって胸が高鳴ってしまう。
兄が任せたのではない。自分が望んだのだ、練習相手はジェラルドがいいと。シルヴィオよりずっと優しくて上手だったから。ずっと、彼と踊っていたかったから。
いつの間にか、その力強い腕に全てを預けてしまいたくなってしまう。
ふわりふわりと夢うつつで踊っていたら、一拍反応するのが遅れた。そしてこの踵の高い靴はバランスが取りにくい。このまま無様に転んでしまうかと思った。
「……っ!」
けれど、そうなることはなかった。
「大丈夫ですか」
腰に回された手にぐっと引き寄せられる。周囲にそれと悟られないようにうまくフォローされてしまった。こんなところまで本当に抜かりがない。
ジェラルドの肩越しに、こちらを見ているシルヴィオと目が合った。一見何を考えているか分からない兄だが、それでも微妙に表情の変化はある。彫像のような顔はどことなく満足気だった。
やられた。まんまとシルヴィオの計略にはまってしまった。これではロジータがジェラルドで良いと公言しているのと何ら変わりなかった。