素直になれない高飛車王女様は今更「愛されたい」だなんて言えるわけがない
「何も一生、薔薇の棘を受け続けることもないでしょうに」

 兄のような人だった。どんな我儘も癇癪も苦笑しながら、許してくれた。けれど、彼は正しくは兄ではない。
 できれば、優しいこの人を、これ以上自分の傍には置きたくなかった。

「ロジータ」

 顎に手をかけられたら、吸い込まれそうな黒瑪瑙(オニキス)から逃れられなくなる。姫様ではなくて、名前を呼ばれたのは久しぶりだった。昔は強請れば名前を呼んでくれることだってあったのに、いつからだろう、彼はそうしなくなった。

「分かっていないのは、あなたの方だ」

 何を、と聞き返そうと思ったけれど、ロジータがその言葉を発することはなかった。
 唇を唇で塞がれた。

 いつものジェラルドの穏やかさからは想像もつかない。
 儀礼として頬や手に口づけられることは多くあるけれど、これは違う。大人のキスだ。
 やわやわと繰り返し角度を変えて食まれたら、何故だか体の奥がきゅんとした。隙をついて肉厚の舌はぬるりと口腔内に入り込んでくる。息もうまくできないくらい苦しいのに、同時に満たされる何かがあって、嫌だとは思わなかった。

「元から断ることが選択肢に入っていないのなら、それは強要ではないと、俺は思います」
「元から……?」

「あなたと結婚できると知って嬉しかったんです」

 そう言って、笑って眉を下げる。屈んで窺うように覗き込んできた黒い瞳。そういえば、これほど身長差があるのに、ロジータは彼に見下ろされたと思ったことは一度もなかった。

 ドレスの裾を固く握りしめたままだった手をそっと解かれる。包み込むように握られたジェラルドの手は、大きくてあたたかかった。

「俺は、喜んでシルヴィオ殿下からのお話をお受けしたんですよ」

 昔からそうだった。兄が匙を投げて父が呆れていても、彼だけはずっと、ロジータの後を追いかけてきた。決して独りにはしなかった。

 そうか、こんな顔をしていてもこの人も男なのだ。あたたかな唇の感触を頭の隅で反芻しながらロジータは納得した。それに、真に婚姻して夫婦となるならこれ以上のことをしなければならないのだ。

 夜会の日に、あの狼藉者がしようとしていたことが脳裏に蘇る。けれど、彼とするのならばそれは恐ろしくはないだろう。

 もちろん王女として一通りの教育は受けている。作法はわかる。

「お分かりいただけましたか?」

 ジェラルドはこの先何をするか知っているのだろうか。七つも年が上なのだからそれぐらい経験済でも当然だとは思った。あまりいい気分ではなかった。

「いいえ、わからないわ」

 その不機嫌のまま答えたら、「えっ……」と黒い目がまん丸になって呆然とした。そういう意味で言ったわけではないけど、今はそう思わせておけばいいだろう。

「ついてきなさい」
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