虐げられていた偽りの姫は(自称底辺の)最強魔術師に甘やかされる
「ソフィア、こちらは口悪ばあさ……じゃなくて、ロザリアだ。うちの屋敷のいわばメイド長みたいなところかな。ラスボスなんか呼ばれてたりするけど」
「お坊ちゃん、どうやら再教育が必要なようですね。いくら老婆とは言え、お坊ちゃんぐらいでしたら背負い投げぐらい余裕ですよ」

 一見厳しそうな見た目のロザリアが縮こまっているソフィアへと視線を流す。

「……それで、例の女性がこの方ですか」
「ああ、ソフィアだ。長らく使用人として働かされていたみたいでね、引き取りに行ったんだ」
「おかしいですね、私の耳には婚約者として迎えるというところまでが一文だったはずですが」
「話が早い。そう、僕の婚約者」
「……はあ」

 ロザリアは丸まっていた腰をさらに丸め、そうかと思えば勢いよく顔を上げた。

「お坊ちゃん! ロザリアは暇じゃないんです! ワガママなお坊ちゃんにその血をさらに濃くさせた旦那様、自由奔放な奥様にロザリアは老けてしまいそうです」
「でもあの件は引き受けてくれるんだろう?」

 ルイスのあの件という言葉に、ロザリアの耳が反応した。

「……ええ、そうじゃないと話が進みませんからね」

 低く唸るような声が響いたかと思うと、ロザリアは再度ソフィアを見て言った。

「試験を受けてもらいます」


「えっと……あの、これは……」

 ソフィアは今、別室に連れられ何十人と控えていたルイス宅の美しいメイドたちによって揉みくちゃにされていた。

「あらぁ、髪のキューティクルが全然ないじゃない」
「手が骨よ、骨。あまり食べさせてもらえなかったのね」
「肌もカサカサ……、保湿クリームを入念に塗って」

 だだっ広い部屋の中央に風呂が設置されており、あれよあれよと言う間に脱がせられたソフィア。次々と入れ替わるようにやってくる女性たちはとてもメイドにしておくにはもったいないほどの容姿をしている。

「さ、ソフィア様。鏡を見て」

 用意されていた赤いタイトなドレスに身を包むと、ソフィアは床に置かれた大きな鏡の前に立たされた。

「え……」

 ボサボサだった髪には艶が戻り、前髪から後ろの髪まで丁寧に結われている。軽くメイクも施されたのだろう。見違えるような姿となったソフィアは、それが自分だとは思えなかった。

「これ……私、ですか?」
「ええ、ええ、ソフィア様ですよ」

 満足げにうなずいているメイドたちは、誇らしそうにソフィアを眺めていた。これならルイス様の婚約者として社交パーティーにも出せる。そもそもルイスが婚約者として女性を連れてきたのは初めてだった。ソフィアの目の前では出さないものの、メイドたちはソフィアが来るのを今か今かと楽しみにしていたのだ。
 そんなことだとは知らずソフィアはじっと鏡の中の自分を見つめる。金色に染まった瞳がこうも他人の目に触れてしまっていいのだろうかと不安になる。

「おやまあ、ずいぶんと見違えましたね」

 ルイスにガミガミと怒っていたロザリアが入ってくると、メイドたちは一斉に頭を下げ、ロザリアのために道を開けた。

「あ……あの」
「何も言わなくて結構です。どうせ、自分には勿体ない、烏滸がましい、私にも使用人の服をなどと言うのでしょう」

 ソフィアの心境を見透かしたロザリアは「それでいいんです」とソフィアに言った。

「それでいいとお坊ちゃんが仰ってるんですから。まあ、合格としましょう」

 はっと、ソフィアはロザリアから試験を受けてもらうと宣告されていたのを思い出す。

「え、合格ってまだ私は何も……」
「その格好ならお坊ちゃんの隣に立っても問題ないでしょう。不合格でしたら追い出すつもりでしたから」

 そうだったのかと思いながらソフィアは再度、鏡の中の自分を見る。これは別人ではないだろうかと、ぺたぺたと顔を触りながら、未だ自分とは信じられない気持ちで呆然としていると、

「終わったかい?」

 ルイスの登場により、頭を下げていたメイドたちは、きゃあと黄色い声援をあげルイス様よと歓喜の出迎えをする。

 ロザリアが後ろを振り返ると、その角度からソフィアはルイスと目が合った。その瞬間、笑みを浮かべていたルイスの表情が固まった。

「あ、あの……その、ありがとうございます。ここまでしていただいて」
「……」
「……ルイス様?」

 反応がないことにソフィアが不安そうに見つめると、ルイスが自身の口元に手を当てた。

「そうか……想像以上だ」
「え?」
「馬鹿お坊ちゃんはあなたに見惚れたということでしょう」

 ロザリアがやれやれと肩を竦めると部屋を出て行く。メイドたちもルイス様と乱反射するように呼びかけながらロザリアのあとをついていった。
 広い部屋にたった二人きりで残されたソフィアとルイス。

「ソフィア、近づいてもいいか?」

 出会った直後は手を握る、肩を抱くなどという勝手をしたというのに、ルイスはソフィアを直視することができなかった。これはもたないかもしれないな、と頭を抱えたくなる。

「あ……はい」

 ぎこちなくソフィアがうなずいたのを見て、ルイスは一歩、一歩と歩き出す。こつこつと鳴らす靴音が反響しその度にソフィアは緊張が増していくような思いだった。
 目の前に立ったルイスはソフィアの美しくなった毛先を手に取り、そっとキスを落とした。

「きれいだよ、ソフィア」
「……っ」
「このまま部屋に連れていき存分に愛でたいぐらいだ」
「そ、そんな……」
「平気さ。痛いことはしない」
「何をする気ですか、馬鹿主人」

 ソフィアとルイスのとびっきり甘い空間を邪魔したのは、別件の用事を済ませていたマージだった。

「やあ、マージ。早かったね、もう少し父上に捕まってくれてもよかったのに」
「またそんなことを言っていると旦那様からお叱りをくらいますよ」
「問題ない。叱られるときは僕の分身を作るから」
「だからそれが──」
「それで? マージがここにいるということは準備が整ったのだろう?」
「……ええ、まあ」
「さすが、仕事が早い」

 ルイスは満足そうに微笑むとはソフィアに向き直った。窓ガラスから差し込む太陽の光が、これでもかとルイスを輝かせている。何をしていても、どこにいても、きっとこの人には太陽が当たるようになっているんだわ、とソフィアは内心そっと思う。

「それならソフィア、パーティーに行こうか」


* * *


 今日二度目の馬車に乗せられたソフィアは、それでも尚、拒絶の意志を見せていた。

「パ、パーティーなど、私は行ったことがありません。とてもじゃありませんが、そんな聖地に足を踏み入れるなど……」
「聖地か。あそこをそう呼ぶ人間は初めてだ」

 しかしルイスはソフィアの意志を一切汲み取ろうとはせず、愉快そうに鼻歌まで口ずさむ始末。ソフィアは今からでも馬車から飛び降りてルイスの屋敷に戻ろうかとも覚悟していたのだが──。

「……初めてなんだ。パーティーが楽しみだなんて」

 ルイスがぽつりと溢した一言がソフィアの鼓膜に静かに響いた。

「初めて……ですか?」
「ああ、パーティーなんてものは憂鬱なものでしかなかったからね。聖地とは思えなかったよ」

 どこか寂しそうな色を滲ませたルイスの瞳にソフィアは釘付けとなる。

「楽しくはなかったのですか?」

 ソフィアはパーティーから帰ってくるカルメンの顔を思い出していた。
 いつだって陽気に、どんな人から声をかけられ、どんな人から婚約を申し込まれたか、ソフィアに何時間だって言い聞かせた。自慢とばかり思える内容でも、カルメンがきらきらと顔を輝かせて話すものだから、ソフィアにとってのパーティーとはとても特別なものだと思っていた。

 だと言うのに、ルイスは楽しくなかったような口ぶりでソフィアに話した。憂鬱だったと、カルメンとは真逆なことをソフィアに教えた。

「そうだね……だから最近はあまり出ないようにしていたんだ。けれど今日はどうしても出ないといけないパーティーでね。どうしようか迷っていたのさ」
「どうしてもって……でしたら尚のこと、私なんかがお供をしてよろしいのでしょうか?」
「もちろん。ソフィアがいるからパーティーに出ようと思ったんだよ。それに──」

 前に座っていたルイスがひらりとソフィアの横に座り直す。そして、ソフィアの髪にキスを落としては、

「僕の婚約者がこんなにもきれいなんだって自慢できるって考えただけでワクワクする」

 ソフィアの心臓を、またしても高鳴らせることに成功したのだった。
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