虐げられていた偽りの姫は(自称底辺の)最強魔術師に甘やかされる
ソフィアは一切の躊躇なくルイスの部屋へと入っていた。
「必要なものがあればなんでも命じてください。部屋の外で待機していますので、声を出すのがお辛いようでしたら、近くものをノックしていただければ」
「そこまで心配しなくてもいい。それより、いてくれるのであれば添い寝をしてくれたほうが気持ちとしては落ち着くんだけど」
「そ、それは……! どなたかの付き添いが必要であれば男性の方にお声をかけてきますので」
「それじゃあだめなんだ。ソフィアが近くにいてくれないと治るものも治らない」
どうするべきか悩んだものの、結果的にベッドサイドでしばらく様子を見ているということで話がついた。ルイスとしては思惑通りの結果でしかない。廊下で一晩中ソフィアを待たせるわけにはいかないが、どう言葉を重ねても、彼女は頑なに動かなかっただろう。そもそも、疲れたという嘘に、いつまでも付き合わせるつもりはなかった。
「今日は、君に嫌な思いをさせてしまったね」
「……え?」
「兄だ。とても失礼な態度を取っただろう」
「そんなことはありません。ご家族想いの素晴らしい方です」
「素晴らしいなんて、あの人にそんな言葉を使った人は初めてだ」
「そう、なのですか? ですが、ご家族を守りたい気持ちで、いろいろなことに注意を配られているようにお見受けしました」
罵られながらも、レンブラントの言葉からは、どことなくルイスや家を守るような姿勢が見て取れた。自身の家柄を大切に、そしてそれを守る使命に駆られた人。
それは、チャップマン家に来たばかりのころのソフィアと通じるものがあったのだ。ソフィアは事あるごとに自身の国をチャップマン一家に罵倒されて生きていた。「お前の国は能無しだ」「あんな国は滅んで正解だった」
最初こそは憎しみを抱いていたが、時期に心を閉ざしていくようになった。何を言われても関係ない。ただ目の前のことをこなしていけばいい。そして、自分だけが生まれた国を大事にしていけばそれでいいのだと。だから家を守りたいというレンブラントの気持ちはよくわかった。そのことを考えれば、とても悪い人には見えなかったのだ。
「……そうか、やはり君は人を見る目がある。その目で僕を選んでくれたと思うと光栄だね」
「恐れ多いです……選んでいただいたのはルイス様ですから」
「最初に僕を見つけてくれたのはソフィアだよ」
あまりにも温かな眼差しが、ソフィアに向けられていた。まともに人からの視線を向けられるのは、失敗をして怒られるときぐらいだ。それでもなんとか生きてこられたのは、家族を守りたいという気持ちだけ。そんなソフィアに、ルイスは含みのある笑みを浮かべる。
「それで、ソフィア。兄が言っていたことを覚えているかな」
問いかけられ、ソフィアはレンブラントが発していた言葉を一語一句思い出そうと務めた。ルイスが現れるまでのことは割愛してもいいだろうか。あまりいい話ではないような気がしている。かといって、ルイスと合流してからの会話はとても少ない。ソフィアは口ごもりながら懸命に答えを導き出そうとした。
「レンブラント様はその……ルイス様には女性たちとの交流を楽しんでほしいと」
「ああ、そんなくだらないことも言っていたね」
くだらないと笑顔で吐き捨てたルイスに、ソフィアは血相を変えて申し訳ございませんと口にした。答えを間違えれば、ビンタや物が飛んできた。怒号ならまだいいほうだ。しかしソフィアを待っていたのは、そのどれでもなかった。
「すまない。怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ、レンブラントが忠告していたことは、あながち間違いではなかったなと思っただけで」
怯える彼女をなだめるように、ルイスは声音が優しくなるよう努めた。そうして、ここがどこなのか今一度、ソフィアに思い出してもらおうとしたのだ。
「忠告、ですか……?」
「そうだよ。忘れているのか、それとも君が自分のことをメイドだって思い込もうとしているからなのか、ここではすっかり大事なことが欠けてしまっているように思うんだ」
なんだろうかとソフィアの頭はまた必死で働くことになる。なにが欠けてしまっているのか。それは自分が忘れているということなのか。メイドだと思い込もうとしているとは言われても、自分はそれ以外になにもない。
「“未婚の男女が部屋に行き来する”というようなことを、あの人は言っていたように思うけど?」
ルイスの導きのおかげで、ソフィアはようやく、この状況がとてもまずいのではないかということに思い至った。
「も、申し訳ございません」
「そう何度も謝らなくていいんだよ。僕は一度だって、君にその言葉を使ってほしいと思ったことはないんだから。それより、君の考えを聞かせてくれないか」
まるで鈴の音だ。ルイスの声帯は男性ものでありながら、なぜこうも心地いい音が出せるのだろうか。
「ソフィア、僕はメイドとして君をここに招き入れたつもりはないんだよ」
ここに自分が招かれているなどと思ったことはない。使用人は、あくまでも使用人でしかなく、清掃、雑務、そのほか命令があれば、その都度必要な動きをしてきた。
しかし今、ここにいる自分は、華やかなドレスに身を包み、あらゆる女性を虜にしてしまったルイスがいる。このことが、決して当たり前ではないことぐらいソフィアも理解はしていたのだが。
「……私の考えなど、ルイス様には必要がないことかと」
「なぜ必要がないと思う? 僕にとって君はとても大切な人だというのに」
大切だと、そう扱われるのは一体いつぶりだろうか。自分が生まれたときだけは、両親から目一杯の愛情は注がれていた。そうこうしているうちに、チャップマン家の使用人として働くことになり、気付けばそれから長い年数が経っていたのだ。
まして、ソフィアには自分の意見というものを持つことは禁じられていた。
唯一あるとすれば、ただ働く。それは、自分の意見だと扱ってきた。しかし今、求められているのは、そういう類のものではない。言ってしまえば、人として、この人の前で、自分が思っていることを伝えてもいいという機会を与えてもらっている。
「……う、嬉しくは思います。招いていただいというご恩は一生忘れません」
それは素直な意見だった。けれど、それ以外には見当たりそうもなく、言葉が続かない。それでも、ルイスは、時間の問題かもしれないと思う。
「それはよかった。けれど、僕たちは未婚同士であり、男と女という性別の違いがある。君がここにいるというだけで、とても大きな意味を持つということはわかるかな」
ルイスの手が、そっとソフィアの頬を撫でる。ゆらり、動いていくたびに、ソフィアは身体を硬くさせていく。まるでガラスに触れるような繊細さがそこにはある。私は、壊れ物として扱われるほど貴重なものでもないというのに。
「たとえば、こういうことをしてると周囲は勘ぐるだろう。それはたしかに、よくないことかもしれないね」
頬から首、そして腕。ソフィアの輪郭をなぞるように、ルイスの長く白い指は滑っていく。最後にソフィアの小さく、傷で荒れた手をさすると、自身へと引き寄せた。
「ソフィアは僕にとって大切だよ──それは、女の子としてだ」
ルイスは、ソフィアに、自分がどれだけ優れているかを知ってほしかった。
「メイドでもない。君は特別な存在で、僕の人生において、唯一無二の存在なんだ」
ソフィアはルイスの言葉に戸惑い、しかしそのまなざしから目をそらすことができなかった。彼の瞳には、確かな誠意と優しさが宿っていた。
「私に、そんな価値は……」
ルイスは微笑み、ソフィアの手をそっと握りしめた。
「価値のない人なんて、この世界にはいないよ。君は君だけの輝きを持っている。それを見つけるのが僕の役目だと思っている」
ソフィアの心は、ルイスの言葉に少しずつ解け始めていた。それでも、不安と恐れは完全には消えない。
「でも、私には何もありません……学も、家柄も、決してルイス様の近くにいていい人間では」
ルイスは首を振り、優しく言った。
「そんなことはない。君の中には無限の可能性が広がっている。ただ、それを見つけるには時間がかかるかもしれない。でも、僕はその時間を共に過ごしたいと思っているんだ」
ルイスの言葉に満たされていく。彼の手の温もりが、彼の真心を伝えてくる。
「……ありがとう、ございます」
その一言に、ソフィアの心の中の壁が少しずつ崩れていった。彼の優しさと誠実さが、ソフィアを新しい世界へと導いてくれる予感がした。
「これからも、ずっと君のそばにいるよ。君の特別な存在として」
「必要なものがあればなんでも命じてください。部屋の外で待機していますので、声を出すのがお辛いようでしたら、近くものをノックしていただければ」
「そこまで心配しなくてもいい。それより、いてくれるのであれば添い寝をしてくれたほうが気持ちとしては落ち着くんだけど」
「そ、それは……! どなたかの付き添いが必要であれば男性の方にお声をかけてきますので」
「それじゃあだめなんだ。ソフィアが近くにいてくれないと治るものも治らない」
どうするべきか悩んだものの、結果的にベッドサイドでしばらく様子を見ているということで話がついた。ルイスとしては思惑通りの結果でしかない。廊下で一晩中ソフィアを待たせるわけにはいかないが、どう言葉を重ねても、彼女は頑なに動かなかっただろう。そもそも、疲れたという嘘に、いつまでも付き合わせるつもりはなかった。
「今日は、君に嫌な思いをさせてしまったね」
「……え?」
「兄だ。とても失礼な態度を取っただろう」
「そんなことはありません。ご家族想いの素晴らしい方です」
「素晴らしいなんて、あの人にそんな言葉を使った人は初めてだ」
「そう、なのですか? ですが、ご家族を守りたい気持ちで、いろいろなことに注意を配られているようにお見受けしました」
罵られながらも、レンブラントの言葉からは、どことなくルイスや家を守るような姿勢が見て取れた。自身の家柄を大切に、そしてそれを守る使命に駆られた人。
それは、チャップマン家に来たばかりのころのソフィアと通じるものがあったのだ。ソフィアは事あるごとに自身の国をチャップマン一家に罵倒されて生きていた。「お前の国は能無しだ」「あんな国は滅んで正解だった」
最初こそは憎しみを抱いていたが、時期に心を閉ざしていくようになった。何を言われても関係ない。ただ目の前のことをこなしていけばいい。そして、自分だけが生まれた国を大事にしていけばそれでいいのだと。だから家を守りたいというレンブラントの気持ちはよくわかった。そのことを考えれば、とても悪い人には見えなかったのだ。
「……そうか、やはり君は人を見る目がある。その目で僕を選んでくれたと思うと光栄だね」
「恐れ多いです……選んでいただいたのはルイス様ですから」
「最初に僕を見つけてくれたのはソフィアだよ」
あまりにも温かな眼差しが、ソフィアに向けられていた。まともに人からの視線を向けられるのは、失敗をして怒られるときぐらいだ。それでもなんとか生きてこられたのは、家族を守りたいという気持ちだけ。そんなソフィアに、ルイスは含みのある笑みを浮かべる。
「それで、ソフィア。兄が言っていたことを覚えているかな」
問いかけられ、ソフィアはレンブラントが発していた言葉を一語一句思い出そうと務めた。ルイスが現れるまでのことは割愛してもいいだろうか。あまりいい話ではないような気がしている。かといって、ルイスと合流してからの会話はとても少ない。ソフィアは口ごもりながら懸命に答えを導き出そうとした。
「レンブラント様はその……ルイス様には女性たちとの交流を楽しんでほしいと」
「ああ、そんなくだらないことも言っていたね」
くだらないと笑顔で吐き捨てたルイスに、ソフィアは血相を変えて申し訳ございませんと口にした。答えを間違えれば、ビンタや物が飛んできた。怒号ならまだいいほうだ。しかしソフィアを待っていたのは、そのどれでもなかった。
「すまない。怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ、レンブラントが忠告していたことは、あながち間違いではなかったなと思っただけで」
怯える彼女をなだめるように、ルイスは声音が優しくなるよう努めた。そうして、ここがどこなのか今一度、ソフィアに思い出してもらおうとしたのだ。
「忠告、ですか……?」
「そうだよ。忘れているのか、それとも君が自分のことをメイドだって思い込もうとしているからなのか、ここではすっかり大事なことが欠けてしまっているように思うんだ」
なんだろうかとソフィアの頭はまた必死で働くことになる。なにが欠けてしまっているのか。それは自分が忘れているということなのか。メイドだと思い込もうとしているとは言われても、自分はそれ以外になにもない。
「“未婚の男女が部屋に行き来する”というようなことを、あの人は言っていたように思うけど?」
ルイスの導きのおかげで、ソフィアはようやく、この状況がとてもまずいのではないかということに思い至った。
「も、申し訳ございません」
「そう何度も謝らなくていいんだよ。僕は一度だって、君にその言葉を使ってほしいと思ったことはないんだから。それより、君の考えを聞かせてくれないか」
まるで鈴の音だ。ルイスの声帯は男性ものでありながら、なぜこうも心地いい音が出せるのだろうか。
「ソフィア、僕はメイドとして君をここに招き入れたつもりはないんだよ」
ここに自分が招かれているなどと思ったことはない。使用人は、あくまでも使用人でしかなく、清掃、雑務、そのほか命令があれば、その都度必要な動きをしてきた。
しかし今、ここにいる自分は、華やかなドレスに身を包み、あらゆる女性を虜にしてしまったルイスがいる。このことが、決して当たり前ではないことぐらいソフィアも理解はしていたのだが。
「……私の考えなど、ルイス様には必要がないことかと」
「なぜ必要がないと思う? 僕にとって君はとても大切な人だというのに」
大切だと、そう扱われるのは一体いつぶりだろうか。自分が生まれたときだけは、両親から目一杯の愛情は注がれていた。そうこうしているうちに、チャップマン家の使用人として働くことになり、気付けばそれから長い年数が経っていたのだ。
まして、ソフィアには自分の意見というものを持つことは禁じられていた。
唯一あるとすれば、ただ働く。それは、自分の意見だと扱ってきた。しかし今、求められているのは、そういう類のものではない。言ってしまえば、人として、この人の前で、自分が思っていることを伝えてもいいという機会を与えてもらっている。
「……う、嬉しくは思います。招いていただいというご恩は一生忘れません」
それは素直な意見だった。けれど、それ以外には見当たりそうもなく、言葉が続かない。それでも、ルイスは、時間の問題かもしれないと思う。
「それはよかった。けれど、僕たちは未婚同士であり、男と女という性別の違いがある。君がここにいるというだけで、とても大きな意味を持つということはわかるかな」
ルイスの手が、そっとソフィアの頬を撫でる。ゆらり、動いていくたびに、ソフィアは身体を硬くさせていく。まるでガラスに触れるような繊細さがそこにはある。私は、壊れ物として扱われるほど貴重なものでもないというのに。
「たとえば、こういうことをしてると周囲は勘ぐるだろう。それはたしかに、よくないことかもしれないね」
頬から首、そして腕。ソフィアの輪郭をなぞるように、ルイスの長く白い指は滑っていく。最後にソフィアの小さく、傷で荒れた手をさすると、自身へと引き寄せた。
「ソフィアは僕にとって大切だよ──それは、女の子としてだ」
ルイスは、ソフィアに、自分がどれだけ優れているかを知ってほしかった。
「メイドでもない。君は特別な存在で、僕の人生において、唯一無二の存在なんだ」
ソフィアはルイスの言葉に戸惑い、しかしそのまなざしから目をそらすことができなかった。彼の瞳には、確かな誠意と優しさが宿っていた。
「私に、そんな価値は……」
ルイスは微笑み、ソフィアの手をそっと握りしめた。
「価値のない人なんて、この世界にはいないよ。君は君だけの輝きを持っている。それを見つけるのが僕の役目だと思っている」
ソフィアの心は、ルイスの言葉に少しずつ解け始めていた。それでも、不安と恐れは完全には消えない。
「でも、私には何もありません……学も、家柄も、決してルイス様の近くにいていい人間では」
ルイスは首を振り、優しく言った。
「そんなことはない。君の中には無限の可能性が広がっている。ただ、それを見つけるには時間がかかるかもしれない。でも、僕はその時間を共に過ごしたいと思っているんだ」
ルイスの言葉に満たされていく。彼の手の温もりが、彼の真心を伝えてくる。
「……ありがとう、ございます」
その一言に、ソフィアの心の中の壁が少しずつ崩れていった。彼の優しさと誠実さが、ソフィアを新しい世界へと導いてくれる予感がした。
「これからも、ずっと君のそばにいるよ。君の特別な存在として」