虐げられていた偽りの姫は(自称底辺の)最強魔術師に甘やかされる
「スコッチ通りの状況は予想通りでした。治安は最悪で、様々な犯罪が日常茶飯事です。しかし、あなたが探していた人物──リカルドは見つけることができました」
ルイスは興味を示し、少し身を乗り出した。
「それで、彼は何をしていた?」
「リカルドは今、ギャングのリーダーとして君臨しています。彼はその地位を利用して、裏社会で勢力を拡大しているようです。ルイス様が予想した通り、彼は非常に危険な存在です」
ルイスは頷きながら考え込んだ。
「やはりそうか。何を企んでいるのか……マージ、優秀な君なら今から僕が何を言おうとしているのかわかっているのだろうな」
マージは少し眉をひそめた。
「まさか、もう一度スコッチ通りに行けと言うんですか? あそこは本当に危険な場所で、こうして傷一つないことが奇跡なんですよ」
「わかっているさ。だからマージに頼んでいるんだろう。リカルドが何を考えているのか、わかっておいたほうがいいと思うからね」
「それは、ソフィア様のためですか?」
「僕個人の意見だよ」
でも、とこちらが本題だと言わんばかりの顔つきで扉を見た。
「彼女とどこまで関わりがあるのか──それははっきりさせておくべきだろうね」
マージは深いため息をつき、頷いた。
「わかりました。ただ、戻ってこれなかった場合は、逃走したわけではないと思ってください」
「そんな卑怯な手をマージが使うわけないだろう。君だからこそ頼んでいるのだから」
「光栄ですが、しかし、次回はもう少し安全な場所に行かせてくださいよ」
ソフィアがルイスの城に来てからというもの、日常はあまりにも穏やかに過ぎていった。
公務の仕事があるというルイスとはほとんど共に過ごす時間はなく、ソフィアはただ部屋でぼうと庭の景色を見るだけで一日が終わってしまう。それもこれもルイスの計らいだ。
ソフィアをチャップマン家から連れ出し、その夜は上流階級の者しか集わないパーティーに出席させた。怒涛の一日だっただろう。せめて一か月ほどは落ち着いた時間を過ごしてほしいとのことだったが──。
「……あの、なにかさせていただくことはありませんか? お掃除やお料理……お申し付けいただければなんでもやります」
ソフィアは連日、メイドたちに声をかけていた。もちろん、ソフィアは彼女たちのことをメイドとして呼ぶのではなく、それぞれの名で呼んでいる。
チャップマン家では使用人全員がハンナと呼ばれていたが、ここでは自分の名前で呼ばれている光景を何度も見ていた。それはルイスの方針だと聞いたことにより、ソフィアは嬉しく思っていた。なにしろ、使用人でさえもひとりの人間として認めてもらえているような気分だったからだ。
だからこそ、自分もその一員になりたい……とはさすがに厚かましくて心の中にひっそりととどめておきながら、何か仕事がもらえないだろうかと控えめに声をかける。
しかしソフィアからメイドたちに声をかけるのは、ここ数日で何十回と繰り返されていた。邪魔にならないよう、一区切りついたタイミングを見計らってのことであり、忙しい時間帯には決して近づかないようにしているソフィアをメイドたちは好意的に抱いている。
使用人としての動きが理解できているからこそできる配慮ではあったが、使用人たちの顔は暗くなる一方だった。
「ソフィア様、同じ返事で大変苦しいのですが、ルイス様からの指示ですので、私たちからはなにも」
ルイスは、メイドたちに「ソフィアにはなにもさせないでほしい」と伝えていた。
メイド長のロザリアもまた目を光らせていた。それでも、メイドたちはかなりのことに見て見ぬふりを続けているのだ。自分たちが知らない間に玄関ホールや客間、階段、廊下といったありとあらゆるところが磨き上げられていることに。
つい見落としてしまいがちな小物との隙間でさえ、以前よりも綺麗になっている。庭の雑草でさえ、この時期は毎日しなければ追いつかないほど元気に生えてくるというのに、誰一人として庭で作業していたものはいない。
それもこれもソフィアがこっそりと隠れて仕事をしてくれていることは周知の上で、ルイスにはバレないようにと注意を払っていた。
「どうかお部屋で本を楽しまれるか、気分転換なさりたいのであればお散歩などはいかがでしょうか?」
「あ……いえ、いいんです。仕事がなければ、部屋にいます」
ソフィアがチャップマン家にいたころ、外に出ることを許されていたのは、せいぜい買い出しぐらいだ。しかも制限時間つきの。時間内に帰宅できなければ、またひとつでも買い忘れがあれば、とんでもない罰が待っていた。
そういう経緯もあり、チャップマン家から離れた今、なんの制限もなく、しかも用事がない外出が許されていたとしても、気軽に外に出かけようとは思えなかった。ルイスをはじめ、自分以外のものが仕事に励んでいる中、優雅にお茶やお菓子は楽しめそうにないし、本はそもそも読めない。ところどころ読める字はあるが、全部ではない。勉強は十歳の誕生日を目前でやめていた。
また今日も、ただ時間が過ぎていくだけの日になるのか。しゅんと肩を落としたソフィアに、メイドのひとり──エミリーが声をかけた。
「ソフィア様は、お花が好きですか?」
「お花、ですか?」
「そうです。この庭には、珍しいお花が一年中咲いているのです。それもルイス様のお力によって」
どういうことだろう。花は勝手に咲いてくれるものではないのだろうか。わずかに首を傾げたソフィアに、エミリーはうふふと肩を竦めた。
「珍しいお花はそう長くは咲き続けられません。散るからこそ綺麗だと思う人の心もありますが、大事に、少しでも長く咲き続けるお花もまた美しく見えるように思います。ですから、緑もいいですが、色のあるお花を時には眺めてみるのもいかがでしょうか?」
その声かけに、ソフィアは自分が庭の雑草を掃除しているのがエミリーにはバレてしまっているということを察して顔を染めた。しかしエミリーはソフィアを責めるどころか、労うような眼差しを向けているのだ。直接言葉にしなくとも、それが互いに分かり合うというのは素敵だ。ここに来てからというもの、心がほっと温かくなるような気持ちになる。
「……ありがとうございます。そうしてみます……あの、ルイス様には、その……緑のことは」
「ご安心ください。私たちがお話するのは、あくまでお花だけの話で、その周りにある緑には触れませんので」
どこまでも気が利く人だとソフィアは感心する。自分という存在は厭われても仕方がないと覚悟はしているというのに、非難するような目を向ける人は誰ひとりとしていない。ソフィアはもう一度、小さくお礼を告げてから部屋に戻った。
今度は下ばかりではなく、上も少し見上げてみよう。そこにあるはずの色を求めて──。
ルイスは興味を示し、少し身を乗り出した。
「それで、彼は何をしていた?」
「リカルドは今、ギャングのリーダーとして君臨しています。彼はその地位を利用して、裏社会で勢力を拡大しているようです。ルイス様が予想した通り、彼は非常に危険な存在です」
ルイスは頷きながら考え込んだ。
「やはりそうか。何を企んでいるのか……マージ、優秀な君なら今から僕が何を言おうとしているのかわかっているのだろうな」
マージは少し眉をひそめた。
「まさか、もう一度スコッチ通りに行けと言うんですか? あそこは本当に危険な場所で、こうして傷一つないことが奇跡なんですよ」
「わかっているさ。だからマージに頼んでいるんだろう。リカルドが何を考えているのか、わかっておいたほうがいいと思うからね」
「それは、ソフィア様のためですか?」
「僕個人の意見だよ」
でも、とこちらが本題だと言わんばかりの顔つきで扉を見た。
「彼女とどこまで関わりがあるのか──それははっきりさせておくべきだろうね」
マージは深いため息をつき、頷いた。
「わかりました。ただ、戻ってこれなかった場合は、逃走したわけではないと思ってください」
「そんな卑怯な手をマージが使うわけないだろう。君だからこそ頼んでいるのだから」
「光栄ですが、しかし、次回はもう少し安全な場所に行かせてくださいよ」
ソフィアがルイスの城に来てからというもの、日常はあまりにも穏やかに過ぎていった。
公務の仕事があるというルイスとはほとんど共に過ごす時間はなく、ソフィアはただ部屋でぼうと庭の景色を見るだけで一日が終わってしまう。それもこれもルイスの計らいだ。
ソフィアをチャップマン家から連れ出し、その夜は上流階級の者しか集わないパーティーに出席させた。怒涛の一日だっただろう。せめて一か月ほどは落ち着いた時間を過ごしてほしいとのことだったが──。
「……あの、なにかさせていただくことはありませんか? お掃除やお料理……お申し付けいただければなんでもやります」
ソフィアは連日、メイドたちに声をかけていた。もちろん、ソフィアは彼女たちのことをメイドとして呼ぶのではなく、それぞれの名で呼んでいる。
チャップマン家では使用人全員がハンナと呼ばれていたが、ここでは自分の名前で呼ばれている光景を何度も見ていた。それはルイスの方針だと聞いたことにより、ソフィアは嬉しく思っていた。なにしろ、使用人でさえもひとりの人間として認めてもらえているような気分だったからだ。
だからこそ、自分もその一員になりたい……とはさすがに厚かましくて心の中にひっそりととどめておきながら、何か仕事がもらえないだろうかと控えめに声をかける。
しかしソフィアからメイドたちに声をかけるのは、ここ数日で何十回と繰り返されていた。邪魔にならないよう、一区切りついたタイミングを見計らってのことであり、忙しい時間帯には決して近づかないようにしているソフィアをメイドたちは好意的に抱いている。
使用人としての動きが理解できているからこそできる配慮ではあったが、使用人たちの顔は暗くなる一方だった。
「ソフィア様、同じ返事で大変苦しいのですが、ルイス様からの指示ですので、私たちからはなにも」
ルイスは、メイドたちに「ソフィアにはなにもさせないでほしい」と伝えていた。
メイド長のロザリアもまた目を光らせていた。それでも、メイドたちはかなりのことに見て見ぬふりを続けているのだ。自分たちが知らない間に玄関ホールや客間、階段、廊下といったありとあらゆるところが磨き上げられていることに。
つい見落としてしまいがちな小物との隙間でさえ、以前よりも綺麗になっている。庭の雑草でさえ、この時期は毎日しなければ追いつかないほど元気に生えてくるというのに、誰一人として庭で作業していたものはいない。
それもこれもソフィアがこっそりと隠れて仕事をしてくれていることは周知の上で、ルイスにはバレないようにと注意を払っていた。
「どうかお部屋で本を楽しまれるか、気分転換なさりたいのであればお散歩などはいかがでしょうか?」
「あ……いえ、いいんです。仕事がなければ、部屋にいます」
ソフィアがチャップマン家にいたころ、外に出ることを許されていたのは、せいぜい買い出しぐらいだ。しかも制限時間つきの。時間内に帰宅できなければ、またひとつでも買い忘れがあれば、とんでもない罰が待っていた。
そういう経緯もあり、チャップマン家から離れた今、なんの制限もなく、しかも用事がない外出が許されていたとしても、気軽に外に出かけようとは思えなかった。ルイスをはじめ、自分以外のものが仕事に励んでいる中、優雅にお茶やお菓子は楽しめそうにないし、本はそもそも読めない。ところどころ読める字はあるが、全部ではない。勉強は十歳の誕生日を目前でやめていた。
また今日も、ただ時間が過ぎていくだけの日になるのか。しゅんと肩を落としたソフィアに、メイドのひとり──エミリーが声をかけた。
「ソフィア様は、お花が好きですか?」
「お花、ですか?」
「そうです。この庭には、珍しいお花が一年中咲いているのです。それもルイス様のお力によって」
どういうことだろう。花は勝手に咲いてくれるものではないのだろうか。わずかに首を傾げたソフィアに、エミリーはうふふと肩を竦めた。
「珍しいお花はそう長くは咲き続けられません。散るからこそ綺麗だと思う人の心もありますが、大事に、少しでも長く咲き続けるお花もまた美しく見えるように思います。ですから、緑もいいですが、色のあるお花を時には眺めてみるのもいかがでしょうか?」
その声かけに、ソフィアは自分が庭の雑草を掃除しているのがエミリーにはバレてしまっているということを察して顔を染めた。しかしエミリーはソフィアを責めるどころか、労うような眼差しを向けているのだ。直接言葉にしなくとも、それが互いに分かり合うというのは素敵だ。ここに来てからというもの、心がほっと温かくなるような気持ちになる。
「……ありがとうございます。そうしてみます……あの、ルイス様には、その……緑のことは」
「ご安心ください。私たちがお話するのは、あくまでお花だけの話で、その周りにある緑には触れませんので」
どこまでも気が利く人だとソフィアは感心する。自分という存在は厭われても仕方がないと覚悟はしているというのに、非難するような目を向ける人は誰ひとりとしていない。ソフィアはもう一度、小さくお礼を告げてから部屋に戻った。
今度は下ばかりではなく、上も少し見上げてみよう。そこにあるはずの色を求めて──。