虐げられていた偽りの姫は(自称底辺の)最強魔術師に甘やかされる
お茶会に隠された思惑
シャーロットの住まいもまた、豪華で華々しく、ソフィアは緊張を緩めることができなかった。指定された時間よりも少し前に着いたのだが、すでにソフィア以外の招待客が全員揃っていたのだ。通された客間には色とりどりのドレスを着た令嬢たちがずらりと並んでいる。
「あの方がルイス様の……?」「なんだかイメージしてた方とは違うわ」「しっ、シャーロット様に聞かれては困るんだから」
ソフィアはこれほどまでに注目を浴びるとは思っておらず、すぐ後ろで控えていたエミリ―をちらりと見た。今日はロザリアの指示で、エミリ―がソフィアの付き人ということで身の回りの世話をすることになっていた。
彼女は、城内の広さや高級品などに圧倒されることなく、立派にメイドとしての立ち振る舞いを見せるだけ。ソフィアとふたりきりになれば、もう少し喋っていただろうが、それでもここでソフィアと親しくしているところを見られてしまえば、使用人失格というレッテルを貼られてしまうだろう。
そのため、いくらソフィアから不安そうな目で見つめられたとしても、心を鬼にすることに決めたのだ。
ソフィア以外はシャーロットのお茶会に常連なのか、微笑ましい歓談が繰り広げられている。当然、ソフィアを疎外するように。
そのとき、客間の扉が開くと、本日の主役であるシャーロットが派手な髪飾りに白いドレスを来て現れた。ごきげんようと微笑むその姿はまるで天使だ。美しいというよりも可愛らしいという言葉が似合うような人。お人形さんだ、とソフィアが目を奪われていると、ぴたりとシャーロットと目が合った。
「まあ、あなたがソフィアね。今日はお茶会に参加してくれてとても嬉しいわ。楽しみだったの」
「こ、光栄です、お招きいただきありがとうございます」とソフィアは緊張しながらも、できるだけ礼儀正しく答えた。
シャーロットはにこやかにうなずき、ソフィアの手を取って席に導いた。「どうぞ、こちらに座って。今日は皆さんと楽しい時間を過ごしてくれたらいいわ」
ソフィアは促されるまま席に座り、周囲の視線を感じながらも、シャーロットの優しい笑顔に少し安心した。
お茶会が始まり、豪華なティーセットが並べられる。紅茶が注がれ、焼きたてのスコーンやサンドイッチ、デザートがテーブルに運ばれてくる。ソフィアは初めての経験に少し緊張しながらも、その美しい光景に感動を覚えた。
シャーロットはソフィアに優しく話しかけ、彼女が安心して楽しめるように気を配っていた。
「ソフィア、どんな紅茶がお好き? 私たちの中で話題になっている新しいブレンドがあるのだけど、ぜひ試してみて」
ソフィアは微笑みながら「はい、ぜひ」と答えた。
「それにしても、ルイスが子猫を拾ったとは聞いていたけれど、まさかこんなにも愛らしいだなんて」
まさしくソフィアがシャーロットに抱いた印象を、そっくりそのまま彼女から返されたような気分だった。ソフィアは人から容姿を褒められるという行為に慣れていないせいか、頬に強張りを見せる。
こんな時はどう答えれば失礼に当たらないのだろうか。自分が愛らしいなどと思うわけではない。けれども否定してしまえば、それはシャーロットの意見そのものを否定してしまうのではないか。
そんなことをぐるぐる考えてしまえば、気の利いた言葉など出るはずもない。こんなときは褒め返すことが一般的だと思われていたこともあってか、招待客はソフィアを嘲るような笑みを浮かべていた。もちろん手に持つ扇の後ろで。
そんなアウェイ極まりない室内の中で、シャーロットの声音は異質だった。
「あなたはルイスのどういうところを気に入ってるの?」
周囲が纏うソフィアへの見下しとはかけ離れた明るい質問。シャーロットは旦那に甘やかされているか、変わり者として有名だった。常識がないわけではないが、空気を読まない。それもあってか、シャーロットからの洗礼にソフィアはますます対応を困らせてしまう。
「あ、あの……」
「いいのよ、無礼講といきましょう。ここでは、ただのお茶会友達ということで。立場なんてものは忘れてしまえばいいの」
それはシャーロットだから許される特権だ、とは誰しもが思ったことだが、しかし口出しできる権利は誰もない。答えは全てソフィアに託されていた。
ソフィアはここでの回答が、今後に大きく関わってくるのかもしれないという不安を抱いた。気に入ってる、という上から目線でルイスのことを見たことは一度だってない。それでも、ソフィアだからこそルイスを語れることが、たったひとつだけあった。
「……分け隔てなく人と接することができるというのは、誰しもができることではないので……困り果てていた私を拾ってくださるほど、ルイス様はとても素晴らしい方です」
果たしてその回答が正しいかどうかはシャーロットが決めることだ。招待客の女性はみな、当たり障りのないものだと捉えたが、シャーロットはソフィアの答えで満足したような笑みを浮かべた。
「うふふ、そうなの。とても素晴らしいと思うけれど……少し、厄介な人でもあるかもね」
「厄介、ですか……?」
「でもこれは戯言に過ぎないの。あなたの目でそれを見極めてくださいな」
それが、ソフィアへの評価儀式終了の合図だった。
シャーロットのお茶会では、彼女が笑顔を見せなければ今後は呼ばれないと噂されていた。今回はソフィアに笑いかけたことで、彼女は認められたらしいということだけが広まったものの、あくまで上部だけの関係性にしかならなかったことは明白だった。
可もなく不可もなし。シャーロットがソフィアをそう判断し、招待客もソフィアをパーティーで見かけても挨拶はしても親しくするのは賢明ではないという判断を下した。
そうとも知らないソフィアは、なんとも居心地の悪い空気が流れていることに冷や汗をかいていた。椅子に座るよう促されたあとも、これでよかったのだろうかという疑問だけが常に渦巻いていた。
なんとなく視線を彷徨わせ、安心したい気持ちからエミリ―を探していたとき、妙な光景を見かけた。
シャーロット宅のメイドたちが、お茶菓子の準備を整えている。茶葉の香りが漂いはじめ、それらが客の好みに合わせ、砂糖の調整がされる。まさにその光景に違和感を覚えたのだ。メイドたちの振る舞いは自然だった。
ごく自然に、メイドからメイドへ、何かが手渡されていった。まるでバケツリレーのように。ソフィアは周囲を見たが、シャーロットをはじめ、誰もメイドを気にしている者はいなかった。
何を渡しているのだろう。できるだけ注意深く見ていると、それは小さくたたまれた紙だった。ようやくゴールとでもいうように、砂糖を入れていた最後のメイドに渡った。彼女は、ちらりとシャーロットを確認してから、手元を一切見ることなく、紅茶カップの上で紙を開いた。サラサラと粉が流れていく。
──あれは、毒?
疑惑は確信へと変わる。
なぜなら、チャップマン家でもそのような行動を見たことがあったからだ。
同じように使用人として働いていた少女のひとりが、虐げられる日々から解放されるためにと、商人から極秘にヒ素を入手したことがあった。それを食事のときに混ぜようとしていたのをソフィアが止めた。もしバレてしまえば、必ず殺される。
チャップマン家では、ヒ素対策として銀食器を扱っていた。そのことを知らなかった少女は、ヒ素でチャップマン家全員を毒殺しようとしていたのだ。たとえ雇用主だとしても、たとえ働く場所がなくなったとしても、それでもいいと思えるほど追い詰められていた。その心境はとてもわかる。けれど人殺しになってはいけない。ソフィアは必死に訴えた。
結果、少女はヒ素を入れることはしなかったものの、罪悪感からある日突然姿を消した。逃げることをアニョロが許すはずもなかったが、金品が盗られていないだけマシだと思うようにしたのか、新しいメイドをまたひとり入れていた。
そういう経緯があったからか、このメイドたちから漂う独特な空気感にソフィアだけが感じ取っていた。しかし、声をあげることはできなかった。もし、あれがヒ素ではなかったら? あれは上流階級の人だけが楽しむ特別な粉なのかもしれない。ならば、毒だと騒いでしまうのは失礼になってしまう。
ヒ素入りだと思われるカップは、シャーロットの前に置かれた。それをなんの躊躇いもなく口をつけようとしている。待って、お願い、飲まないで。そう言いたいのをぐっと食らえては、ソフィアは立ち上がった。
「あの……そちらの紅茶カップで、飲ませていただけませんか」
どうすれば失礼に当たらないのか。そればかりを考えていたというのに、ソフィアの申し出は、周囲から非難の目を浴びるには充分なものだった。しかし、シャーロットに飲ませるわけにはいかない。
もしヒ素が入っていたとしたら。少ない量でも、摂取を続けていれば死に至る。当然だが、飲まないに越したことはないのだ。
「……ソフィア。その理由をお聞かせくださるかしら?」
シャーロットはソフィアの不躾な願いに怒りを見せることはなかった。ただ、笑顔は保ちつつも、心の内ではどのように考えているのかソフィアには読めない。
「その……シャーロット様のカップがとても素敵で……失礼だとは承知ですが、一度でいいのでお許しをいただけないでしょうか」
「あの方がルイス様の……?」「なんだかイメージしてた方とは違うわ」「しっ、シャーロット様に聞かれては困るんだから」
ソフィアはこれほどまでに注目を浴びるとは思っておらず、すぐ後ろで控えていたエミリ―をちらりと見た。今日はロザリアの指示で、エミリ―がソフィアの付き人ということで身の回りの世話をすることになっていた。
彼女は、城内の広さや高級品などに圧倒されることなく、立派にメイドとしての立ち振る舞いを見せるだけ。ソフィアとふたりきりになれば、もう少し喋っていただろうが、それでもここでソフィアと親しくしているところを見られてしまえば、使用人失格というレッテルを貼られてしまうだろう。
そのため、いくらソフィアから不安そうな目で見つめられたとしても、心を鬼にすることに決めたのだ。
ソフィア以外はシャーロットのお茶会に常連なのか、微笑ましい歓談が繰り広げられている。当然、ソフィアを疎外するように。
そのとき、客間の扉が開くと、本日の主役であるシャーロットが派手な髪飾りに白いドレスを来て現れた。ごきげんようと微笑むその姿はまるで天使だ。美しいというよりも可愛らしいという言葉が似合うような人。お人形さんだ、とソフィアが目を奪われていると、ぴたりとシャーロットと目が合った。
「まあ、あなたがソフィアね。今日はお茶会に参加してくれてとても嬉しいわ。楽しみだったの」
「こ、光栄です、お招きいただきありがとうございます」とソフィアは緊張しながらも、できるだけ礼儀正しく答えた。
シャーロットはにこやかにうなずき、ソフィアの手を取って席に導いた。「どうぞ、こちらに座って。今日は皆さんと楽しい時間を過ごしてくれたらいいわ」
ソフィアは促されるまま席に座り、周囲の視線を感じながらも、シャーロットの優しい笑顔に少し安心した。
お茶会が始まり、豪華なティーセットが並べられる。紅茶が注がれ、焼きたてのスコーンやサンドイッチ、デザートがテーブルに運ばれてくる。ソフィアは初めての経験に少し緊張しながらも、その美しい光景に感動を覚えた。
シャーロットはソフィアに優しく話しかけ、彼女が安心して楽しめるように気を配っていた。
「ソフィア、どんな紅茶がお好き? 私たちの中で話題になっている新しいブレンドがあるのだけど、ぜひ試してみて」
ソフィアは微笑みながら「はい、ぜひ」と答えた。
「それにしても、ルイスが子猫を拾ったとは聞いていたけれど、まさかこんなにも愛らしいだなんて」
まさしくソフィアがシャーロットに抱いた印象を、そっくりそのまま彼女から返されたような気分だった。ソフィアは人から容姿を褒められるという行為に慣れていないせいか、頬に強張りを見せる。
こんな時はどう答えれば失礼に当たらないのだろうか。自分が愛らしいなどと思うわけではない。けれども否定してしまえば、それはシャーロットの意見そのものを否定してしまうのではないか。
そんなことをぐるぐる考えてしまえば、気の利いた言葉など出るはずもない。こんなときは褒め返すことが一般的だと思われていたこともあってか、招待客はソフィアを嘲るような笑みを浮かべていた。もちろん手に持つ扇の後ろで。
そんなアウェイ極まりない室内の中で、シャーロットの声音は異質だった。
「あなたはルイスのどういうところを気に入ってるの?」
周囲が纏うソフィアへの見下しとはかけ離れた明るい質問。シャーロットは旦那に甘やかされているか、変わり者として有名だった。常識がないわけではないが、空気を読まない。それもあってか、シャーロットからの洗礼にソフィアはますます対応を困らせてしまう。
「あ、あの……」
「いいのよ、無礼講といきましょう。ここでは、ただのお茶会友達ということで。立場なんてものは忘れてしまえばいいの」
それはシャーロットだから許される特権だ、とは誰しもが思ったことだが、しかし口出しできる権利は誰もない。答えは全てソフィアに託されていた。
ソフィアはここでの回答が、今後に大きく関わってくるのかもしれないという不安を抱いた。気に入ってる、という上から目線でルイスのことを見たことは一度だってない。それでも、ソフィアだからこそルイスを語れることが、たったひとつだけあった。
「……分け隔てなく人と接することができるというのは、誰しもができることではないので……困り果てていた私を拾ってくださるほど、ルイス様はとても素晴らしい方です」
果たしてその回答が正しいかどうかはシャーロットが決めることだ。招待客の女性はみな、当たり障りのないものだと捉えたが、シャーロットはソフィアの答えで満足したような笑みを浮かべた。
「うふふ、そうなの。とても素晴らしいと思うけれど……少し、厄介な人でもあるかもね」
「厄介、ですか……?」
「でもこれは戯言に過ぎないの。あなたの目でそれを見極めてくださいな」
それが、ソフィアへの評価儀式終了の合図だった。
シャーロットのお茶会では、彼女が笑顔を見せなければ今後は呼ばれないと噂されていた。今回はソフィアに笑いかけたことで、彼女は認められたらしいということだけが広まったものの、あくまで上部だけの関係性にしかならなかったことは明白だった。
可もなく不可もなし。シャーロットがソフィアをそう判断し、招待客もソフィアをパーティーで見かけても挨拶はしても親しくするのは賢明ではないという判断を下した。
そうとも知らないソフィアは、なんとも居心地の悪い空気が流れていることに冷や汗をかいていた。椅子に座るよう促されたあとも、これでよかったのだろうかという疑問だけが常に渦巻いていた。
なんとなく視線を彷徨わせ、安心したい気持ちからエミリ―を探していたとき、妙な光景を見かけた。
シャーロット宅のメイドたちが、お茶菓子の準備を整えている。茶葉の香りが漂いはじめ、それらが客の好みに合わせ、砂糖の調整がされる。まさにその光景に違和感を覚えたのだ。メイドたちの振る舞いは自然だった。
ごく自然に、メイドからメイドへ、何かが手渡されていった。まるでバケツリレーのように。ソフィアは周囲を見たが、シャーロットをはじめ、誰もメイドを気にしている者はいなかった。
何を渡しているのだろう。できるだけ注意深く見ていると、それは小さくたたまれた紙だった。ようやくゴールとでもいうように、砂糖を入れていた最後のメイドに渡った。彼女は、ちらりとシャーロットを確認してから、手元を一切見ることなく、紅茶カップの上で紙を開いた。サラサラと粉が流れていく。
──あれは、毒?
疑惑は確信へと変わる。
なぜなら、チャップマン家でもそのような行動を見たことがあったからだ。
同じように使用人として働いていた少女のひとりが、虐げられる日々から解放されるためにと、商人から極秘にヒ素を入手したことがあった。それを食事のときに混ぜようとしていたのをソフィアが止めた。もしバレてしまえば、必ず殺される。
チャップマン家では、ヒ素対策として銀食器を扱っていた。そのことを知らなかった少女は、ヒ素でチャップマン家全員を毒殺しようとしていたのだ。たとえ雇用主だとしても、たとえ働く場所がなくなったとしても、それでもいいと思えるほど追い詰められていた。その心境はとてもわかる。けれど人殺しになってはいけない。ソフィアは必死に訴えた。
結果、少女はヒ素を入れることはしなかったものの、罪悪感からある日突然姿を消した。逃げることをアニョロが許すはずもなかったが、金品が盗られていないだけマシだと思うようにしたのか、新しいメイドをまたひとり入れていた。
そういう経緯があったからか、このメイドたちから漂う独特な空気感にソフィアだけが感じ取っていた。しかし、声をあげることはできなかった。もし、あれがヒ素ではなかったら? あれは上流階級の人だけが楽しむ特別な粉なのかもしれない。ならば、毒だと騒いでしまうのは失礼になってしまう。
ヒ素入りだと思われるカップは、シャーロットの前に置かれた。それをなんの躊躇いもなく口をつけようとしている。待って、お願い、飲まないで。そう言いたいのをぐっと食らえては、ソフィアは立ち上がった。
「あの……そちらの紅茶カップで、飲ませていただけませんか」
どうすれば失礼に当たらないのか。そればかりを考えていたというのに、ソフィアの申し出は、周囲から非難の目を浴びるには充分なものだった。しかし、シャーロットに飲ませるわけにはいかない。
もしヒ素が入っていたとしたら。少ない量でも、摂取を続けていれば死に至る。当然だが、飲まないに越したことはないのだ。
「……ソフィア。その理由をお聞かせくださるかしら?」
シャーロットはソフィアの不躾な願いに怒りを見せることはなかった。ただ、笑顔は保ちつつも、心の内ではどのように考えているのかソフィアには読めない。
「その……シャーロット様のカップがとても素敵で……失礼だとは承知ですが、一度でいいのでお許しをいただけないでしょうか」