虐げられていた偽りの姫は(自称底辺の)最強魔術師に甘やかされる
手をぎゅっと握る。怖くてたまらない。
「……なに?」
「少女を……開放してほしいんです」
逃げ出したくなる衝動に負けないよう、少女たちを見る。同じように虐げられる生活を送ってほしくない。ソフィアにあるのはそれだけだった。
商人は頭から足の先とソフィアをじっくりと舐めまわした。この女は使えるかもしれない。この少女たちを失ったとしても、この身なりがあればオークションに出すことも──。
「残念だけど、それは僕が許せそうにない」
ルイスだった。彼は静かにソフィアの肩を軽く叩く。
「ほんとうに、いつも驚かされるよ、ソフィアには。その勇気に敬意を表すけれど、このような場での取引は難しいこともあるからね。ほら、彼はソフィアの勇気に言葉を失っている」
商人は驚いていた。ここにはソフィアの気配しか感じなかったからだ。それなのに、一体どこにいたというのだろう。しかも、口が思うように動かない。まるで魔術で口を縫われているようだ。
「悪いけど、ソフィアを引き換えにするという条件はなしにしてもらえるかな」
ルイスが投げかけると、商人はぶんぶんと首を縦に振った。はたから見れば賛成をしているようだが、これも全てルイスの魔術のおかげだ。
ソフィアはルイスの魔術によって一瞬だけ安心したが、すぐに冷静さを取り戻し、商人に向き直った。
「ですが……私はあの子たちを助けたいんです」
ルイスはソフィアの目をじっと見つめ、深いため息をついた。
「……わかった。それなら、僕が少し手助けをしてもいいかな?」
「ルイス様がですか……?」
「こんな僕でも、できることは僅かだけどあるみたいだからね」
ルイスは再び商人に向き直ると、新しい魔術を心の内で発動させた。今や商人はルイスの言いなりの人形でしかない。そのことにソフィアは気付かず、固唾をのんで見守っている。
「新しく条件を出そう。この少女たちを解放する代わりに、金銭的な補償を提供する。あなたの商売には影響しないようにするから、その代わりに彼女たちを自由にしてくれないかい?」
まさかそんなことができるはずはない。商人はそう思っていた。
この少女たちを法外な金額で売りさばこうとしていたのだ。身なりとしては裕福そうに見えるが、それでも金を工面するにはかなり努力が必要だろう。
だが、商人に答える術はなかった。特殊な魔術により、自らの意志は禁じられていた。あとはルイスが意のままに操ればそれでいい。
それを見ていたソフィアは心配になった。なぜか商人は身動きひとつしないどころ、瞬きさえ我慢しているように見えたからだ。
「……ルイス様、なんだかこの方は具合が悪いようにお見受けするのですが」
その名を聞いて、商人は飛び上がりたい衝動に駆られた。
この男がルイスだって? そんなバカな。次期国王として最有力候補である第二王子だというのか。ありえない、こんな辺鄙な場所に、自分の前に現れるなんてことはないはずだ。
しかし、信じてしまえば納得がいく。白銀の髪に碧い瞳。そして、これほどまでに強い魔力を感じたのは初めてだ。第二王子の魔術は見る者を圧倒させると聞く。その話が本当なら、今自分が感じているこの恐怖も説明がつく。
「ル、ルイス様……」
商人はおずおずと口を開いた。不思議と自分の口が自然と開いたのだ。言わされているわけではない。ということは、少し魔力を落としてもらったのだろう。
「どうか……どうか、この貧しき商人をお許しください。私はただ、商売をしていただけなのです」
ルイスは商人を冷静に見つめ、落ち着いた声で言った。
「商売……品揃えには罪深い匂いが感じられるけど」
「も、申し訳ございません……! 二度とこのようなことは致しません。少女も開放します。もちろん、金銭の要求は取り消させてください」
ソフィアは一体なにが起こったのかわからなかった。なぜ急に、商人は少女たちの開放を無償で受け入れてくれたのだろう。ルイスを見上げれば、その顔は穏やかだった。
「心から悔い改めるなら話は別としよう」
商人はその言葉に震えながらも、必死に頭を下げた。
「あ、ありがとうございます……! 今後は決してこのようなことはいたしませんのでどうかお許しください」
ソフィアはルイスの言葉を聞いて、商人を憐れむように見つめた。
「……ルイス様、この方もまた、何かしらの事情があるのかもしれません。もし許されるなら、正しい道に戻れるように手助けしてあげたいのです」
ルイスは一瞬考え込んだ。どこまで優しく、そして危険なのだろう。この者がいくら命乞いをしたところで、王の前に差し出してしまえば打首だろう。ここで逃したとしても、この男はまた同じ過ちを犯すはずだ。しかしソフィアは本気でこの男の将来までをも案じている。
許してはいけないよ。そう諭したくなるのを堪えた。ソフィアの優しさに救われた自分もまた過去にいるのだ。ルイスはやがて微笑みを浮かべた。
「ソフィアが言うなら、そうしよう。世界を少しでも良くするための力になるのかもしれない。いいよ、この男にもう一度チャンスを与えよう」
商人は涙を浮かべながら、ソフィアとルイスに深く感謝の意を示した。
「さあ、彼女たちを安全な場所に連れて行こう。マージ」
突然、彼の声に応じるように、ルイスの後ろに一人の男が現れた。長い金髪をなびかせ、目を鋭く光らせている。その姿は一見すると優雅だが、どこか威圧感も漂わせていた。
「はい、ルイス様」
「少女たちを安全な場所へ」
「承知いたしました」
マージは少女たちを一人ずつ見守りながら、手を差し伸べた。「さあ、行きましょう。安全な場所で新しい生活が待っています」
ソフィアはルイスの方を見上げる。
「本当に……なんとお礼を申し上げたらいいか」
「ソフィアの勇気があったからこそ、こうして皆を助けることができたんだよ」
市場を後にしようとしたとき、とある男が視界に入り思わず足を止めた。
「ルイス様……?」
ソフィアの呼びかけにもルイスは反応することができなかった。少し離れた先に、見覚えのある人間が立っている。
──リカルドだ。なぜあの男がここに。
そうして繋がる人身売買。まさかあの商人の裏にはリカルドがいたのではないか。だとすると、ここにソフィアがいるということは危険だ。
「マージ」
心の中で唱えれば、少女を連れたはずのマージが分身を使ってこちらに姿を現す。しかしその姿は誰にも見えていない。
「……リカルドがいた。もしかするとその少女たちが関係しているかもしれない」
「城に連れ帰りますか?」
「そうだね、あそこが一番安全だ。ただ結界を強くしておこう。リカルドの手下が来る可能性も高いからね。何より──」
ソフィアがまだ生きていると知れば、あの男がどう動くかはわからない。
一瞬、リカルドと目が合ったような気がした。振り返ったその瞳はどす黒く染まっている。心の中で警鐘が鳴り響いた。ソフィアを守るためには、すぐに動かなくてはならない。
「マージ、今すぐ城へ。全力で警戒を強化するんだ」
「はい」
マージの姿は一瞬で消え去った。もちろん、少女たちと一緒にいたマージも。その間、ソフィアは不安そうな顔でルイスを見つめていた。そのことに気付いたルイスは優しく微笑みながら手を差し伸べた。
「ソフィア、悪いが急用を思い出したんだ。もう少しデートを続けたいんだけど、別の機会にしてもらってもいいかな」
「も、もちろんです……あの、お忙しいのに、時間を作っていただきありがとうございました。今日という日は私にとって宝物です」
「それならよかった。僕も同じことを思っていたんだ」
そう答えながら、ルイスは自分たちに結界を張った。リカルドからソフィアを隠すために。
「……なに?」
「少女を……開放してほしいんです」
逃げ出したくなる衝動に負けないよう、少女たちを見る。同じように虐げられる生活を送ってほしくない。ソフィアにあるのはそれだけだった。
商人は頭から足の先とソフィアをじっくりと舐めまわした。この女は使えるかもしれない。この少女たちを失ったとしても、この身なりがあればオークションに出すことも──。
「残念だけど、それは僕が許せそうにない」
ルイスだった。彼は静かにソフィアの肩を軽く叩く。
「ほんとうに、いつも驚かされるよ、ソフィアには。その勇気に敬意を表すけれど、このような場での取引は難しいこともあるからね。ほら、彼はソフィアの勇気に言葉を失っている」
商人は驚いていた。ここにはソフィアの気配しか感じなかったからだ。それなのに、一体どこにいたというのだろう。しかも、口が思うように動かない。まるで魔術で口を縫われているようだ。
「悪いけど、ソフィアを引き換えにするという条件はなしにしてもらえるかな」
ルイスが投げかけると、商人はぶんぶんと首を縦に振った。はたから見れば賛成をしているようだが、これも全てルイスの魔術のおかげだ。
ソフィアはルイスの魔術によって一瞬だけ安心したが、すぐに冷静さを取り戻し、商人に向き直った。
「ですが……私はあの子たちを助けたいんです」
ルイスはソフィアの目をじっと見つめ、深いため息をついた。
「……わかった。それなら、僕が少し手助けをしてもいいかな?」
「ルイス様がですか……?」
「こんな僕でも、できることは僅かだけどあるみたいだからね」
ルイスは再び商人に向き直ると、新しい魔術を心の内で発動させた。今や商人はルイスの言いなりの人形でしかない。そのことにソフィアは気付かず、固唾をのんで見守っている。
「新しく条件を出そう。この少女たちを解放する代わりに、金銭的な補償を提供する。あなたの商売には影響しないようにするから、その代わりに彼女たちを自由にしてくれないかい?」
まさかそんなことができるはずはない。商人はそう思っていた。
この少女たちを法外な金額で売りさばこうとしていたのだ。身なりとしては裕福そうに見えるが、それでも金を工面するにはかなり努力が必要だろう。
だが、商人に答える術はなかった。特殊な魔術により、自らの意志は禁じられていた。あとはルイスが意のままに操ればそれでいい。
それを見ていたソフィアは心配になった。なぜか商人は身動きひとつしないどころ、瞬きさえ我慢しているように見えたからだ。
「……ルイス様、なんだかこの方は具合が悪いようにお見受けするのですが」
その名を聞いて、商人は飛び上がりたい衝動に駆られた。
この男がルイスだって? そんなバカな。次期国王として最有力候補である第二王子だというのか。ありえない、こんな辺鄙な場所に、自分の前に現れるなんてことはないはずだ。
しかし、信じてしまえば納得がいく。白銀の髪に碧い瞳。そして、これほどまでに強い魔力を感じたのは初めてだ。第二王子の魔術は見る者を圧倒させると聞く。その話が本当なら、今自分が感じているこの恐怖も説明がつく。
「ル、ルイス様……」
商人はおずおずと口を開いた。不思議と自分の口が自然と開いたのだ。言わされているわけではない。ということは、少し魔力を落としてもらったのだろう。
「どうか……どうか、この貧しき商人をお許しください。私はただ、商売をしていただけなのです」
ルイスは商人を冷静に見つめ、落ち着いた声で言った。
「商売……品揃えには罪深い匂いが感じられるけど」
「も、申し訳ございません……! 二度とこのようなことは致しません。少女も開放します。もちろん、金銭の要求は取り消させてください」
ソフィアは一体なにが起こったのかわからなかった。なぜ急に、商人は少女たちの開放を無償で受け入れてくれたのだろう。ルイスを見上げれば、その顔は穏やかだった。
「心から悔い改めるなら話は別としよう」
商人はその言葉に震えながらも、必死に頭を下げた。
「あ、ありがとうございます……! 今後は決してこのようなことはいたしませんのでどうかお許しください」
ソフィアはルイスの言葉を聞いて、商人を憐れむように見つめた。
「……ルイス様、この方もまた、何かしらの事情があるのかもしれません。もし許されるなら、正しい道に戻れるように手助けしてあげたいのです」
ルイスは一瞬考え込んだ。どこまで優しく、そして危険なのだろう。この者がいくら命乞いをしたところで、王の前に差し出してしまえば打首だろう。ここで逃したとしても、この男はまた同じ過ちを犯すはずだ。しかしソフィアは本気でこの男の将来までをも案じている。
許してはいけないよ。そう諭したくなるのを堪えた。ソフィアの優しさに救われた自分もまた過去にいるのだ。ルイスはやがて微笑みを浮かべた。
「ソフィアが言うなら、そうしよう。世界を少しでも良くするための力になるのかもしれない。いいよ、この男にもう一度チャンスを与えよう」
商人は涙を浮かべながら、ソフィアとルイスに深く感謝の意を示した。
「さあ、彼女たちを安全な場所に連れて行こう。マージ」
突然、彼の声に応じるように、ルイスの後ろに一人の男が現れた。長い金髪をなびかせ、目を鋭く光らせている。その姿は一見すると優雅だが、どこか威圧感も漂わせていた。
「はい、ルイス様」
「少女たちを安全な場所へ」
「承知いたしました」
マージは少女たちを一人ずつ見守りながら、手を差し伸べた。「さあ、行きましょう。安全な場所で新しい生活が待っています」
ソフィアはルイスの方を見上げる。
「本当に……なんとお礼を申し上げたらいいか」
「ソフィアの勇気があったからこそ、こうして皆を助けることができたんだよ」
市場を後にしようとしたとき、とある男が視界に入り思わず足を止めた。
「ルイス様……?」
ソフィアの呼びかけにもルイスは反応することができなかった。少し離れた先に、見覚えのある人間が立っている。
──リカルドだ。なぜあの男がここに。
そうして繋がる人身売買。まさかあの商人の裏にはリカルドがいたのではないか。だとすると、ここにソフィアがいるということは危険だ。
「マージ」
心の中で唱えれば、少女を連れたはずのマージが分身を使ってこちらに姿を現す。しかしその姿は誰にも見えていない。
「……リカルドがいた。もしかするとその少女たちが関係しているかもしれない」
「城に連れ帰りますか?」
「そうだね、あそこが一番安全だ。ただ結界を強くしておこう。リカルドの手下が来る可能性も高いからね。何より──」
ソフィアがまだ生きていると知れば、あの男がどう動くかはわからない。
一瞬、リカルドと目が合ったような気がした。振り返ったその瞳はどす黒く染まっている。心の中で警鐘が鳴り響いた。ソフィアを守るためには、すぐに動かなくてはならない。
「マージ、今すぐ城へ。全力で警戒を強化するんだ」
「はい」
マージの姿は一瞬で消え去った。もちろん、少女たちと一緒にいたマージも。その間、ソフィアは不安そうな顔でルイスを見つめていた。そのことに気付いたルイスは優しく微笑みながら手を差し伸べた。
「ソフィア、悪いが急用を思い出したんだ。もう少しデートを続けたいんだけど、別の機会にしてもらってもいいかな」
「も、もちろんです……あの、お忙しいのに、時間を作っていただきありがとうございました。今日という日は私にとって宝物です」
「それならよかった。僕も同じことを思っていたんだ」
そう答えながら、ルイスは自分たちに結界を張った。リカルドからソフィアを隠すために。