虐げられていた偽りの姫は(自称底辺の)最強魔術師に甘やかされる
「デートはどうでしたか?」

 城に帰宅後、ルイスはまるで引き返すように去って行った。「何かあればすぐに知らせるんだよ」そう微笑みながらソフィアを残して。そして少女たちは一度病院にということで、ロザリアが面倒を引き受けてくれた。
 そして今、城内用の簡素なドレスに着替えていると、それを手伝うエミリ―から嬉しそうに聞かれたのだ。

「……とても素晴らしかったです。ルイス様は本当にお優しい方で」
「お優しいのはそうかもしれませんが、こうして女性とお出かけされるのは初めてだと思いますよ」
「そうなんですか……?」

 エミリ―は微笑みながら、ソフィアのドレスのリボンを整えた。

「ルイス様はとてもお忙しい方ですから。それに、女性と親しくされることも滅多にないんです。」
「では、私はよほど運がいいのですね。ここまで良くしていただいたら、なんだか罰が当たってしまいそうで」

 大切にされていると、自惚れではなく、心からそう実感することができる。
 けれど、幸せになればなるほど、比例するように不安も大きくなっていくように思えた。ソフィアは無意識に、自分の両手を合わせて握っていた。その手にはまだ、長年酷使してきた傷が残り続けている。
 それを見て、エミリ―は心が痛くなる。使用人として働いていたということはメイド長のロザリアから聞かされていた。しかし、同じ使用人でも、ここまで手が荒れることはない。そもそもルイス様が許さないのだ。同じ人として、体調が悪ければ休ませてくれる、ケガをすれば惜しみなく手当をしてくれる。そんなことが当たり前だとは思っていなかったにしても、ソフィアを見れば、自分がいかに恵まれた環境にいたのか思い知らされる。

 だからこそ、ソフィアにはこれまで耐えてきた分、幸せになってほしいと心から思っていた。

「……ソフィア様は、選ばれるべくして選ばれたお方なんですよ」
「え?」
「ルイス様の溺愛ぶりを見ていたら、誰もがそう感じます。ルイス様はたしかにお優しいです。でも、自分のテリトリーに入れることは絶対になかったんですから」
「テリトリー、ですか……?」

 エミリ―は、ソフィアを鏡の前に座らせる。ここに来てからずいぶんと潤いだしたソフィアの髪を、丁寧にブラッシングしていく。

「ルイス様は自分の心の中に人を入れることがほとんどありません。とても壁を作る方なんです」

 髪をとかす音を聞きながら、ソフィアは鏡越しにエミリ―を見ていた。その顔はどこか、寂しそうに見える。

「ソフィア様がここに来られると聞いたときは心配でした。なにせ、友人ひとり城に連れて帰らないルイス様が、まさか女性と戻られるなんて……私たちは本当に驚いていたんですよ?」
「あ……ごめんなさい。驚かせてしまって」
「いえ、そういうつもりでお話したかったんじゃないです。ソフィア様が、一体どういうお方なのか、私を含め、全員が気になっていました。悪い人だったら……そう考えたこともあります」

 おかしそうに笑うエミリーは、ゆっくりと髪をとかすスピードを緩めた。

「……でも、ソフィア様を一目見て、安心に変わりました」
「安心?」
「だってソフィア様は、私たちの目を、一人一人見てくれたじゃありませんか」

 ここに来てからのことをソフィアは思い出していた。
 出迎えられ、ルイス以外の人間が全員、自分に頭を下げる。そんなことは今まで一度だってなかった。

「背が低いものには、できるだけ同じ高さになるように視線を合わせてくださいましたね。それを見て、”ああ、このお方は、私たちを人として見てくれているんだな”と思ったんです」
「そんな風に思っていただけていたんですね」
「お優しいのはソフィア様も同じです。ルイス様が惹かれるのも納得ですから」
「惹かれたなんて……そんな、おこがましいです」
「ふふ、ですがソフィア様が特別だと思っていらっしゃるのは本当かと思いますよ。さ、出来ました」

 丁寧にとかれた髪は、つやつやと光っているように見える。

「ありがとうございます」
「いいえ、このぐらい。夕食までには時間がありますね。お茶にされますか?」
「……少し勉強をしようかと」
「わかりました。何かあれば呼んでくださいね」

 エミリーはそう言うと、静かにソフィアの部屋を出て行った。
 人からもらう温かさで、ソフィアは幸せな気分でいっぱいだった。チャップマン家での生活が、まるで長い悪夢だったように感じる。

* * *

 一方、ルイスはマージとともにリカルドの調査を行っていた。リカルドが少女たちの売買に関与しているという確信があったからだ。

「マージ、リカルドの動きを追ってほしい。彼の手口を暴かない限り、少女たちを救い出すのは難しい」
「どうやらリカルドは表向きこそ貿易商を装っているようですが、裏では人身売買を行っていることが確認できています」

 マージは資料を広げ、リカルドの行動範囲と関係者の情報を詳しく説明し始めた。

「彼の拠点は城下町の外れにある廃倉庫です。そこに定期的に物資が運び込まれているとの情報があります。また、いくつかの高位貴族とも繋がりがあるようです」
「……本当に、厄介な男だな。まずはその廃倉庫を調べるか」

 夜の帳が降りたとき、ルイスとマージは静かに廃倉庫へと向かった。
 しかし、到着したルイスとマージの前にリカルドの姿はなかった。薄暗い倉庫の中には、ただ静寂だけが漂っている。物資や貨物が無造作に積み上げられ、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。

「……ほんとうにここが拠点なのでしょうか」
「おそらくここは拠点"だった"」
「え?」

 ルイスの確信めいた発言にマージは再度、ぐるりと見渡した。

「それはつまり、もうここにはいないと」
「おそらく、ここはリカルドの隠れ家の一つだったんじゃないかな。何か手がかりがあるはずだよ」

 ルイスから、イエローの光が溢れ出す。なにもない空間が、たちまち、誰かがさっきまでそこで過ごしていたかのようにカップが現れる。そしてそれはカップだけでなく、なかったはずの本や武器などが出てくる。

「……時間を戻されたのですか?」
「そんなことはできないよ。微かな魔力を感じたから、隠されていたものを出すようにしたんだ」

 ルイスは本棚に視線を移す。そこにあった古い木箱を手に取ると、中から一冊の手帳を発見した。

「これは……リカルドの手帳でしょうか」
「そうみたいだね。几帳面らしい」

 手帳には複雑な符号や名前、日付が記されていた。リカルドの取引相手や予定が詳細に書き込まれている。

「ここに記されている情報を解読すれば、次の動きを掴むことができるかもしれない。マージ、この手帳を持ち帰り解析を頼んだよ」
「はい」
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