虐げられていた偽りの姫は(自称底辺の)最強魔術師に甘やかされる
ルイスが城に戻ったのは、湖のデートから一週間後のことだった。
その間、ソフィアはルイスに相応しいレディーになるためロザリアから礼儀や作法をみっちり教え込まれており、それなりに忙しい日々を過ごしていた。
「長いこと城を空けてすまない。変わりはないかい?」
ルイスはソフィアに優しく語りかけていたが、その顔には疲労のような色が見て取れた。
「おかえりなさいませ、変わりはありません。……あの、お疲れのようですが大丈夫ですか?」
「たとえ疲れていたとしてもソフィアの顔を見ると元気が出るよ」
「そ、それは……光栄です」
恥じらうように視線を下げたソフィアを、ルイスは油断すると抱きしめてしまいそうだった。後ろにはマージが呆れたようなこちらを見ている。まだ仕事は終わっていないとでもいうように。
実のところ、今日の帰宅も本来ならばありえないはずだった。まだ隣国に挨拶に行かなければいけないし、リカルドの件も片付いたわけではない。ルイスには第二王子としてやるべきことが山のように残っているのだ。それなのに「いい加減、ソフィアに会わないと倒れてしまいそうだ」と心底疲れたように言うものだから、一時帰宅だけでも許したというのに。
「しばらくはゆっくりできそうなのですか?」
「もちろん、ソフィアと過ごす時間も必要だからね」
この男、仕事に戻るつもりはさらさらないらしい。文句のひとつでも言ってやりたいが、しかし多忙だったことは事実だ。今夜ぐらいは二人の時間を設けてもいいのかもしれない。マージはそっと姿を消した。
「ロザリアに教わったことはどうだった?」
「とても勉強になりました。まだまだ教わりたいことがたくさんあります」
「それは良かった。ロザリアは教育となると厳しい人だから心配していたんだが、それは出来の悪い僕だったからなのかもしれないね」
「そ、そんなことは……ルイス様は優秀なお方だと、みなさんからお聞きします」
「それはソフィアだって同じだよ」
もったいない言葉だった。褒めてもらうようなことは今までほとんどなかったというのに。それでも、ルイスからの厚意を無碍にしてはいけないと、しっかりと受け止めるようにして顔を上げると、彼の顔はやはりどこか仄暗い。微笑んでいるのに、どうしてそう思うのだろう。
「ルイス様、その……何か問題があったのですか?」
見抜かれたことにルイスは少し驚く。彼女にはどうも隠し事ができないらしい。
「……ちょっとした調査があったんだ。でも大したことはない」
ルイスは軽く笑って応えた。
「心配しなくても大丈夫だよ」
「私にできることがあればいいのですが……」
ソフィアは本気でそう思っていた。ここまで大切にしてもらっておきながら、ルイスに恩返しの一つもできていない。
「それなら、ソフィアにしかできないことがあるんだけど」
しかし、思いがけないルイスの言葉にソフィアは顔を上げた。
「本当ですか⁉」
「ああ、一緒に寝てくれないか」
まるで日常会話の続きと言わんばかりに、自然に出されたそれにソフィアは驚いた表情を浮かべた。
「え……? 添い寝……あの、誰かを希望されますか」
「まさか。ソフィアがいいんだよ」
ソフィアは戸惑いながらもルイスの顔を見つめる。その瞳には、いつもとは違う優しさと疲労が混ざり合っていることに気付いた。
「一緒にいると心が落ち着くんだ。だから、今夜は君のそばで休みたいんだけど」
ソフィアは少し考える。言葉の意味をそのまま受け取っていいのだろうか。そもそもルイス様と寝るのが私でいいの? 失礼になったり……迷惑をかけてしまわないだろうか。
けれど、ルイスからこうしてお願いをしてもらえるということもない。
「わ、……かりました、私でよければ」
ルイスの寝室に移動すると、互いに横になることはなく、ベッドの背もたれに身体を預けるようにして座った。ルイスはごく自然に、ソフィアの片手を手に取った。
「ソフィアの手は温かいな」
「ルイス様も温かいですよ」
「なら、ソフィアのおかげだな。いつもは冷たいんだ」
それがたとえお世辞であったとしても、ソフィアはうれしかった。自分の存在が誰かの役に立てている。それはチャップマン家では味わえなかったものだ。
「……手が冷たい人は、心が温かいと言いますよね」
「心か。どうだろうな、僕は冷たい人間だと自分で思ってはいるんだけど」
「そ、そんなことありません……!」
思わず声を上げてしまったことをソフィアはすぐに後悔した。私のような人間の意見など、大して重要でもない。まして彼の意見を否定してしまうなんてあまりにも失礼だ。
「あ、……も、申し訳ありません。ただ、私にとってルイス様は、出会ったときから太陽のように温かい人だと思っていましたので」
「……太陽は君だよ」
ぼそりと、聞こえたルイスの声にはっとする。目が合うと、その綺麗な瞳に自分が映っていることに気付く。
「僕にとって、ソフィアは太陽に温かいんだ。今も──」
その先を、ルイスは笑みでかき消してしまった。どんな言葉が続いていたのだろうか。気になりはしたが、彼が言わない選択肢を取ったのであれば尊重したい。
「もう寝ようか。ソフィアが嫌じゃなければ、このまま朝まで一緒に眠ってほしいんだけど」
もちろんそのつもりでここまで来たのだから、ソフィアに断る権限など最初からない。その意志を汲み取るように、「君が嫌がることはしないから」とルイスは微笑みながら誓った。
その間、ソフィアはルイスに相応しいレディーになるためロザリアから礼儀や作法をみっちり教え込まれており、それなりに忙しい日々を過ごしていた。
「長いこと城を空けてすまない。変わりはないかい?」
ルイスはソフィアに優しく語りかけていたが、その顔には疲労のような色が見て取れた。
「おかえりなさいませ、変わりはありません。……あの、お疲れのようですが大丈夫ですか?」
「たとえ疲れていたとしてもソフィアの顔を見ると元気が出るよ」
「そ、それは……光栄です」
恥じらうように視線を下げたソフィアを、ルイスは油断すると抱きしめてしまいそうだった。後ろにはマージが呆れたようなこちらを見ている。まだ仕事は終わっていないとでもいうように。
実のところ、今日の帰宅も本来ならばありえないはずだった。まだ隣国に挨拶に行かなければいけないし、リカルドの件も片付いたわけではない。ルイスには第二王子としてやるべきことが山のように残っているのだ。それなのに「いい加減、ソフィアに会わないと倒れてしまいそうだ」と心底疲れたように言うものだから、一時帰宅だけでも許したというのに。
「しばらくはゆっくりできそうなのですか?」
「もちろん、ソフィアと過ごす時間も必要だからね」
この男、仕事に戻るつもりはさらさらないらしい。文句のひとつでも言ってやりたいが、しかし多忙だったことは事実だ。今夜ぐらいは二人の時間を設けてもいいのかもしれない。マージはそっと姿を消した。
「ロザリアに教わったことはどうだった?」
「とても勉強になりました。まだまだ教わりたいことがたくさんあります」
「それは良かった。ロザリアは教育となると厳しい人だから心配していたんだが、それは出来の悪い僕だったからなのかもしれないね」
「そ、そんなことは……ルイス様は優秀なお方だと、みなさんからお聞きします」
「それはソフィアだって同じだよ」
もったいない言葉だった。褒めてもらうようなことは今までほとんどなかったというのに。それでも、ルイスからの厚意を無碍にしてはいけないと、しっかりと受け止めるようにして顔を上げると、彼の顔はやはりどこか仄暗い。微笑んでいるのに、どうしてそう思うのだろう。
「ルイス様、その……何か問題があったのですか?」
見抜かれたことにルイスは少し驚く。彼女にはどうも隠し事ができないらしい。
「……ちょっとした調査があったんだ。でも大したことはない」
ルイスは軽く笑って応えた。
「心配しなくても大丈夫だよ」
「私にできることがあればいいのですが……」
ソフィアは本気でそう思っていた。ここまで大切にしてもらっておきながら、ルイスに恩返しの一つもできていない。
「それなら、ソフィアにしかできないことがあるんだけど」
しかし、思いがけないルイスの言葉にソフィアは顔を上げた。
「本当ですか⁉」
「ああ、一緒に寝てくれないか」
まるで日常会話の続きと言わんばかりに、自然に出されたそれにソフィアは驚いた表情を浮かべた。
「え……? 添い寝……あの、誰かを希望されますか」
「まさか。ソフィアがいいんだよ」
ソフィアは戸惑いながらもルイスの顔を見つめる。その瞳には、いつもとは違う優しさと疲労が混ざり合っていることに気付いた。
「一緒にいると心が落ち着くんだ。だから、今夜は君のそばで休みたいんだけど」
ソフィアは少し考える。言葉の意味をそのまま受け取っていいのだろうか。そもそもルイス様と寝るのが私でいいの? 失礼になったり……迷惑をかけてしまわないだろうか。
けれど、ルイスからこうしてお願いをしてもらえるということもない。
「わ、……かりました、私でよければ」
ルイスの寝室に移動すると、互いに横になることはなく、ベッドの背もたれに身体を預けるようにして座った。ルイスはごく自然に、ソフィアの片手を手に取った。
「ソフィアの手は温かいな」
「ルイス様も温かいですよ」
「なら、ソフィアのおかげだな。いつもは冷たいんだ」
それがたとえお世辞であったとしても、ソフィアはうれしかった。自分の存在が誰かの役に立てている。それはチャップマン家では味わえなかったものだ。
「……手が冷たい人は、心が温かいと言いますよね」
「心か。どうだろうな、僕は冷たい人間だと自分で思ってはいるんだけど」
「そ、そんなことありません……!」
思わず声を上げてしまったことをソフィアはすぐに後悔した。私のような人間の意見など、大して重要でもない。まして彼の意見を否定してしまうなんてあまりにも失礼だ。
「あ、……も、申し訳ありません。ただ、私にとってルイス様は、出会ったときから太陽のように温かい人だと思っていましたので」
「……太陽は君だよ」
ぼそりと、聞こえたルイスの声にはっとする。目が合うと、その綺麗な瞳に自分が映っていることに気付く。
「僕にとって、ソフィアは太陽に温かいんだ。今も──」
その先を、ルイスは笑みでかき消してしまった。どんな言葉が続いていたのだろうか。気になりはしたが、彼が言わない選択肢を取ったのであれば尊重したい。
「もう寝ようか。ソフィアが嫌じゃなければ、このまま朝まで一緒に眠ってほしいんだけど」
もちろんそのつもりでここまで来たのだから、ソフィアに断る権限など最初からない。その意志を汲み取るように、「君が嫌がることはしないから」とルイスは微笑みながら誓った。