虐げられていた偽りの姫は(自称底辺の)最強魔術師に甘やかされる
 翌日、月が高く昇る夜。ロイヤル・オペラ・ハウスの外観は、美しい照明に照らされて輝いている。貴族たちが集まるこの場所には、豪華な馬車が次々と到着し、エレガントな服装を身にまとった紳士淑女たちが続々と入場していた。

 ルイスとソフィアを乗せた馬車も、その中の一人だった。馬車が静かに止まると、ルイスが先に降りた。それからソフィアの手を取って彼女を優雅に助け降ろす。

 ソフィアは、美しいブルーのドレスに身を包んでいた。緻密に刺繍された銀糸が光を反射して煌めき、ハート型のネックラインが彼女の首元を美しく見せている。彼女の髪はゆるやかなカールで整えられ、小さなティアラが輝いていた。
 ルイスは黒のタキシードを完璧に着こなしていた。シルクの光沢が美しいショールカラーのジャケットは、細部にまでこだわりが感じられ、ボタンやポケットの装飾もエレガントだ。ホワイトシャツはクラシックなウィングカラーで、袖口には控えめながらも高級感漂うカフスボタンが輝いている。

 ルイスの完璧な装いにソフィアは馬車の中でも直視することはできなかった。自分のような人間が、ルイスに対して胸を高鳴らせていいはずはないと言い聞かせていたからだ。

「見てごらん、ソフィアが綺麗だから注目を集めているよ」
「そんはずは……ルイス様が素敵だからです」

 周囲から視線を浴びているとしたら、それはあくまでルイスに向けられたもののはずだ。ソフィアは本気でそう思っていた。
 反対にルイスは、紳士の視線がソフィアに向けられていることが気に入らなかった。ソフィアが綺麗なのは当たり前だが、それは装飾品がなくても同じことだ。
 二人がオペラハウスの中に入ると、壮麗なシャンデリアが天井から輝き、豪華な装飾が施されたホールが広がっていた。貴族たちが華やかな会話を交わす中、ルイスはソフィアの手を引き、彼らの席へと案内した。

「なんだか、緊張してきました……あまりにも、夢のような場所で」
「それならそれで、その緊張もまた楽しんでくれたらいいさ。これから何度も行けば、その緊張も薄れてしまうだろうからね」

 ソフィアからすると、ルイスの言葉は、ふんわりと未来の約束をされたような気分だった。
 いいえ、そんなはずはない。本気で受け取ってはだめ。自分に言い聞かせながら案内された席に着く。しばらくするとオペラの幕が上がった。

 様々な楽器の音ががホールに響き渡り物語が幕を開けると、ルイスとソフィアは舞台の中心に視線を向けながら、時折お互いに目を合わせ微笑み合う。
 しかし、舞台が最高潮に達した瞬間、それは突然起こった。

「キャー!」

 劇場全体が真っ暗になり、観客たちは驚きざわめき始める。会場内には、最初は微かなざわめきが聞こえ、次第にそれが不安と混乱の声へと変わっていった。
 ルイスはすぐにソフィアの手を強く握った。

「大丈夫、僕がいる」

 しかし、その言葉が終わらないうちにソフィアの手がふっと離れた。

「ソフィア……?」

 暗闇の中で彼女の姿は見えない。騒ぎの中でルイスが身動きを取ろうとした瞬間、舞台裏から聞こえる不審な音に気づいた。まるで誰かが強引に引きずられるような音だ。

「ソフィア!」

 彼女がさらわれたのだと瞬時に理解した瞬間、ルイスは立ち上がった。
 すぐにソフィアの気配を探す。しかしどこにもいない。魔力をたどろうとするが、ソフィアの痕跡を跡形も残らないように消されている。用意周到で突発的な誘拐ではないと察する。
 ひきずられるような音がした方向へと駆け寄りながら、ルイスは考えた。

 なぜソフィアを狙ったのか。第二王子の婚約者だから狙われたのだとすれば、おそらく向こうが要求してくるのは金だ。しかし、そうでなければ。

 ──これが、リカルドならば。

 この状況はかなりまずい。あの男に捕まれば最後、今度は二度と表の舞台には出してもらえなくなるだろう。一度はそうなりかけたことがあったのだから。

 ルイスは自分の手を見つめる。そこには、ソフィアの体温だった熱が、残っているような気がした。
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