悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない
 遠慮のない悪意が、志桜の心臓を深くえぐる。早くに母を亡くした自分を育ててくれた、たったひとりの父を悪く言われるのはやはりつらい。
 志桜はうつむき、唇を噛んだ。

(……お父さん)

 無口で無愛想で不器用。そういう点が自分とそっくりだった父の背中が脳裏に蘇る。
 KAMUROの前社長、志桜の父が亡くなったのは五年前、志桜がまだ大学生だった頃の話だ。当時の会社は、海外の高級ジュエラーに押され今よりずっと苦しい状況にあった。

(その心労がたたったのかな)

 くも膜下出血による突然死。父はいわゆるワンマン社長タイプだったので、死後になって父しか知らない経営の実情が色々とあきらかになった。一番大きかったのは投資の失敗だ。
 宝飾やアパレル業界で投資といえば、工場などへの設備投資や有望な取引先への出資など〝本業の成長に繋がるもの〟を指し、純粋な財務運用として株式の売買をしたりするのは一般的ではない。そういった投資ができるのは、余剰資金が潤沢にある大企業だけ。
 にもかかわらず、父はそれに手を出し損失を出した。

(堅実なお父さんらしくない……と今でも思うけど、会社の経営難できっと焦ってしまったのよね)
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