悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない
「あぁ、その件なら娘から聞きましたよ。近頃よくある、ちょっとしたいたずらなんでしょう?」
「……ちょっとしたいたずら?」

 楓がぴくりと片眉をあげる。彼の周りの空気が凍りついたのを志桜は感じ取ったけれど、英輔は気づかないようだ。ヘラヘラとした笑みを浮かべて言う。

「いたずらでよかったですよ! 志桜ちゃんが本当に浮気してたら、私は今頃、楓さんに土下座しなきゃならなかったですから」

 多分、悪気はないのだろう。英輔にとって大事なのは、KAMUROと鷹井家の絆が良好に維持されることであって、志桜の名誉などに関心はない。

(社長の立場なら、それはそうよね)

 納得はできるので、志桜は別に英輔のこの言動には腹も立たなかった。が、楓は違うようだ。彼の背中に、静かだけれど激しい怒りの炎がメラメラと立ちのぼっている。

「いたずらで済む話ではないでしょう。彼女の名誉はひどく傷つけられた」

 鋭い目、イラ立ちを隠さない低い声、ようやく英輔も楓の本気を理解したようだ。慌てて居住まいを正している。

「私は犯人を名誉毀損の罪で訴えたいと考えています。……萩田社長にもご協力いただけますよね?」
「え、えぇ。それはもちろん――」

 彼のその台詞は、ガシャンというなにかが割れる高い音にかき消された。
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