悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない
 彼はそこで口をつぐんだけれど、その先はなんとなく理解できた。心臓にツキンと細い針を刺されたような痛みを覚える。
 愛してもらえると自惚れていたわけではない。でも、夫となる人に嫌われる覚悟まではできていなかった。

(彼の言うとおり、私は子どもだ……)

 自分が前向きにこの縁談を受け入れさえすれば、すべてうまくいくかのような勘違いをしていた。恋愛結婚のような関係は望めなくても、信頼で結ばれた穏やかな夫婦に。そんな都合のよい未来を勝手に思い描いていたのだ。相手の気持ちを想像もせずに。

(考えてみたら当然の話だわ)

 政略結婚はビジネスの駒になるようなもの、それを喜ぶ男性はいないだろう。
 志桜の表情が凍りついたのを察したのかもしれない。楓は少しだけ声のトーンをやわらげ続けた。

「学生の間は俺のことなど考えず、これまでどおりに過ごせばいい。正式な結婚は……そうだな、君が大人になった五年後くらいにあらためて相談しよう」

 はい、と答える以外の選択肢は志桜にはなかった。
 それでも、彼が〝結婚〟と発言したのにはホッと安堵した。

(嫌々だとしても、結婚してくれる気はあるのね)
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