蒼穹の覇者は、激愛で契約妻と秘密の我が子を逃がさない
◇◇◇
玲奈の見送りを受けて職場である空港に向かった悠眞は、空港内にあるJTAのオフィスで制服に着替えて、気象情報などを確認していく。
一度自分で情報を確認した上で、共に搭乗する副操縦士と共に、意見を出し合いブリーフィングをおこなう。
機体の状況、乗客の人数、天候から推測される揺れや飛行時間を確認し、離陸予定時刻の一時間ほど前に操縦を任される飛行機への移動となる。
そしてそこでまた、整備士や客室乗務員と再度情報共有をおこなう。
「悠眞」
ブリーフィングを終え、他の機長たちと共に搭乗口に向かおうとしていた悠眞は、名前を呼ばれて足を止めた。
一緒に移動しようとしていた同僚たちも、一瞬足を止めたが、そこに立つスーツ姿の男性が誰であるかを理解すると、一礼し「先に行きます」という言葉を残して立ち去る。
その気遣いが、ありがたい反面、特別扱いされているようで煩わしい。
「悪いな」
立ち去る同僚にそう声をかけて、悠眞は、声の主の方へと歩み寄る。
「職場で馴れ馴れしく名前を呼ぶな」
悠眞に睨まれ、スーツ姿の男性こと、悠眞の兄である鷹條誠弥は苦笑する。
「そんなこと言うなら、お前も、もう少し言葉遣いを改めろ。職場では、お前のアニキではなく、JTAの親会社である鷹翔グループの専務なんだぞ」
そう言われてしまうと、返す言葉がない。
「確かに」
「とりあえず、歩きながら話そう」
悠眞が渋々といった感じで兄の言い分を認めると、誠弥が顎の動きでついてくるよう促す。
「お前が忙しいのはわかっているが、俺も忙しいんだ。仕事でJTAを訪れたついでに、声をかけるくらいは許せ」
「なあな」
渋々認める悠眞を、誠弥がチラリと見上げた。
兄弟には三歳の年齢差があり、悠眞が中学ぐらいまでは誠弥の方が背が高かったのだけれど、高校の途中で悠眞が追い越し、今では兄が弟を見上げる構図となっている。
「それで同棲生活は、順調か?」
意味深な眼差しを向けて来たかと思えば、誠弥がそんな質問を投げかけてきた。
「さあな」
「オヤジたちは、お前がいつ結婚するか、やきもきしているぞ。俺も兄として、無愛想で女心を理解しないお前が、玲奈さんに見捨てられていないか心配だ」
悠眞がぶっきらぼうに答えても、誠弥は気にせず、そんなことを言う。
(正直に話すんじゃなかった)
悠眞は内心でごちる。
隣を歩く兄の代役として出席した結婚式の披露宴で玲奈と出会い、流れで彼女と契約婚を持ちかけたのは四ヶ月前のことだ。
両親には『結婚を考えている女性と同棲を始めた』としか話していないが、代役を頼まれていた披露宴の出席をすっぽかした形になったので、その事情説明を兼ねて、兄には玲奈との関係を、その経緯も含めて正直に話してある。
家族への紹介は、結婚の意思を固めるまで待ってほしいと言ってあるので、息子の結婚を願う両親としてはその後の動向が気になるよだ。
「アニキには説明してあるとおり、今はお試し同棲中で、結論を出すのは来年になる。それに彼女にはまだ、俺が鷹翔グループの次男であることも話していない」
鷹條という苗字で気付くかと思っていたが、玲奈が悠眞の家柄に気付いている様子はない。
鷹翔グループの御曹司という肩書きに目を奪われることなく、悠眞のことを、努力して夢を叶えた人として評価して、食事面のサポートといった形で応援してくれている彼女との暮らしは、とても心地よい。だから悠眞としては、このままふたりの関係を継続したいと思っている。
だからこそ、悠眞は自分の家のことを打ち明けるタイミングを見失っているのだ。
なにせ玲奈は、一度御曹司との縁談が破談となり、辛い思いをしているのだ。悠眞の家柄を知れば、複雑な心情を抱くかもしれない。
「彼女がウチの家を面倒と思えば、関係は解消される」
これまでとは違った意味で、鷹翔グループの御曹司という肩書きが煩わしい。
ため息を吐く悠眞を、誠弥がクスクス笑う。
「その言い方だと、お前の意思は固まっているようだな」
揶揄いの眼差しを向けてくる兄に、悠眞はフンッと鼻を鳴らす。
玲奈に契約結婚を提案した時は、正直、同情心の方が強かった。
だけど出会った時のシチュエーションも手伝い、彼女を桜の精のような人だと思った時から、悠眞の感情がどちらに流れるかは決まっていたのだろう。
いつも人を気遣う玲奈には、太陽に向かって開花するような自己主張の強さはないが、下向きに花を咲かせる桜のような慈愛に満ちた優しさが溢れている。
そんな彼女の優しさに触れて、好意を持つのは自然な流れだ。
最初に契約結婚を提案したのは悠眞の方なのだから、恋愛感情までは望まないので、来年以降も今の生活を継続してほしいと願っている。
「人は変われば変わるものだ。それなら少しは、嫌われないよう愛想よくしろよ」
誠弥が、訳知り顔でアドバイスをしてくのが少々煩わしい。
悠眞だって、自分が無愛想で面白味の足りない男だということは承知している。
今まではこの無愛想な性格を差し引いても、パイロットという職業の他、容姿やら家柄やらといった付加価値があるためか、どれだけ素っ気なくしていても女性の方から言い寄られるのが常だった。
だから、玲奈との距離の詰め方がわからないでいるのだが、それを兄に指摘されるのは面白くない。
「無理して媚びてなんになる。契約解消されれば、その時はその時だ」
悠眞が本心とは真逆の強がりを言うと、誠弥が、やれやれといった感じで息を吐く。
「人の恋路に口出しするのは野暮だとわかっているが、オヤジを喜ばせてやりたくてな」
兄の何気ない一言に、悠眞は足を止めた。
「オヤジ、どうかしたか?」
つられて足をとめた誠弥が、肩を軽く上下させる。
「たいしたことじゃない。ただ最近、気鬱なことが続いてオヤジも元気がない。もしふたりの結婚の意思が固まったら、お試し期間中なんてことにこだわらず、早目にオヤジたちに玲奈さんを紹介してやってくれると助かるよ」
そのもの言いで、悠眞には察するものがある。
「リゾート開発の件、そんなに尾を引いているのか?」
鷹翔グループは、航空事業の他、国内外でのホテル経営やリゾート関連の事業を多角経営しているが、そのホテル部門でトラブルが続いている。
ことの始まりは数年前、新たにリゾートホテルを開業しようと、海外の広大な敷地を購入した直後、その国が内政不安に陥った。
内乱が続き、クーデターの末に政権交代がおこなわれ、それでやっと国政が正常化するかと思ったのだが違った。
政権を握った軍指導の政治支配が始まると、クーデター以前に交わした契約が、その効力を失った。
さすがに土地の権利は残っているが、工事は新政府の承認が下りるまで差し止めとなり、許可を得るために多額の賄賂を求められたのだ。
社長である悠眞の父がそれを断ると、政府公認の嫌がらせが始まった。
資材が盗まれても警察は動かず、関係者がいわれなき罪状で拘束されることもあり、現在、工事は完全に中断している。
それなら開発事業から撤退できればいいのだが、件の新政府が作った規則がそれを阻んだ。
結果鷹翔グループは、かなりの額の和解金を支払い、購入した土地を新政府に無償で貸し出す形で、どうにか事態の収拾にこぎ着けたのだが、そこまでにかなりの負債を抱えることとなり、それがグループ企業全体の運営を圧迫している。
今さら気が付いたことだが、朝から誠弥がJTAのオフィスに顔を出していたのも、経営状況の悪化が影響しているのかもしれない。
「なにか俺にできることはあるか?」
心配する悠眞の肩を、誠弥がポンッと叩く。
「すぐにどうこうなるほど、ウチはもろくない。せっかく夢を叶えたんだから無理するな」
「だけど……」
なにか言いたいのだが、かけるべき言葉が見つからない。
鷹翔グループの傘下企業にいるとはいえ、一介の社員でしかない悠眞にできることなど限られているからだ。
これまでずっと、優秀な兄のおかげで、自由に生きることが許されている己の状況をラッキーだと思っていた。だけど不意に、家族の助けになることのない自分の存在がもどかしくなる。
「気に病むなら、お試し期間なんてものにこだわらずに、早くオヤジたちに相手を紹介してやってくれ。それが一番喜ぶよ」
難しい顔をする悠眞を、誠弥が軽口で茶化す。
それが兄としての思いやりとわかるだけに、なんだか気恥ずかしい。
「努力はしてみるよ」
ぶっきらぼうに返してみたものの、なにをどう努力をすればいいのか皆目見当はつかないのだが。
そんなことを話している間に、パイロット用の登場口へと到着した。
「お前、昔からモテるのに、本気の恋愛には奥手だからな。まあ頑張れ」
あまり期待していない感じで励まして、誠弥は登場口へと向かう悠眞に手を振る。
社交的でそつのない性格をしている兄に言われると、返す言葉がない。悠眞は少々の気まずさを抱えて、手を振り返してその場を離れた。
玲奈の見送りを受けて職場である空港に向かった悠眞は、空港内にあるJTAのオフィスで制服に着替えて、気象情報などを確認していく。
一度自分で情報を確認した上で、共に搭乗する副操縦士と共に、意見を出し合いブリーフィングをおこなう。
機体の状況、乗客の人数、天候から推測される揺れや飛行時間を確認し、離陸予定時刻の一時間ほど前に操縦を任される飛行機への移動となる。
そしてそこでまた、整備士や客室乗務員と再度情報共有をおこなう。
「悠眞」
ブリーフィングを終え、他の機長たちと共に搭乗口に向かおうとしていた悠眞は、名前を呼ばれて足を止めた。
一緒に移動しようとしていた同僚たちも、一瞬足を止めたが、そこに立つスーツ姿の男性が誰であるかを理解すると、一礼し「先に行きます」という言葉を残して立ち去る。
その気遣いが、ありがたい反面、特別扱いされているようで煩わしい。
「悪いな」
立ち去る同僚にそう声をかけて、悠眞は、声の主の方へと歩み寄る。
「職場で馴れ馴れしく名前を呼ぶな」
悠眞に睨まれ、スーツ姿の男性こと、悠眞の兄である鷹條誠弥は苦笑する。
「そんなこと言うなら、お前も、もう少し言葉遣いを改めろ。職場では、お前のアニキではなく、JTAの親会社である鷹翔グループの専務なんだぞ」
そう言われてしまうと、返す言葉がない。
「確かに」
「とりあえず、歩きながら話そう」
悠眞が渋々といった感じで兄の言い分を認めると、誠弥が顎の動きでついてくるよう促す。
「お前が忙しいのはわかっているが、俺も忙しいんだ。仕事でJTAを訪れたついでに、声をかけるくらいは許せ」
「なあな」
渋々認める悠眞を、誠弥がチラリと見上げた。
兄弟には三歳の年齢差があり、悠眞が中学ぐらいまでは誠弥の方が背が高かったのだけれど、高校の途中で悠眞が追い越し、今では兄が弟を見上げる構図となっている。
「それで同棲生活は、順調か?」
意味深な眼差しを向けて来たかと思えば、誠弥がそんな質問を投げかけてきた。
「さあな」
「オヤジたちは、お前がいつ結婚するか、やきもきしているぞ。俺も兄として、無愛想で女心を理解しないお前が、玲奈さんに見捨てられていないか心配だ」
悠眞がぶっきらぼうに答えても、誠弥は気にせず、そんなことを言う。
(正直に話すんじゃなかった)
悠眞は内心でごちる。
隣を歩く兄の代役として出席した結婚式の披露宴で玲奈と出会い、流れで彼女と契約婚を持ちかけたのは四ヶ月前のことだ。
両親には『結婚を考えている女性と同棲を始めた』としか話していないが、代役を頼まれていた披露宴の出席をすっぽかした形になったので、その事情説明を兼ねて、兄には玲奈との関係を、その経緯も含めて正直に話してある。
家族への紹介は、結婚の意思を固めるまで待ってほしいと言ってあるので、息子の結婚を願う両親としてはその後の動向が気になるよだ。
「アニキには説明してあるとおり、今はお試し同棲中で、結論を出すのは来年になる。それに彼女にはまだ、俺が鷹翔グループの次男であることも話していない」
鷹條という苗字で気付くかと思っていたが、玲奈が悠眞の家柄に気付いている様子はない。
鷹翔グループの御曹司という肩書きに目を奪われることなく、悠眞のことを、努力して夢を叶えた人として評価して、食事面のサポートといった形で応援してくれている彼女との暮らしは、とても心地よい。だから悠眞としては、このままふたりの関係を継続したいと思っている。
だからこそ、悠眞は自分の家のことを打ち明けるタイミングを見失っているのだ。
なにせ玲奈は、一度御曹司との縁談が破談となり、辛い思いをしているのだ。悠眞の家柄を知れば、複雑な心情を抱くかもしれない。
「彼女がウチの家を面倒と思えば、関係は解消される」
これまでとは違った意味で、鷹翔グループの御曹司という肩書きが煩わしい。
ため息を吐く悠眞を、誠弥がクスクス笑う。
「その言い方だと、お前の意思は固まっているようだな」
揶揄いの眼差しを向けてくる兄に、悠眞はフンッと鼻を鳴らす。
玲奈に契約結婚を提案した時は、正直、同情心の方が強かった。
だけど出会った時のシチュエーションも手伝い、彼女を桜の精のような人だと思った時から、悠眞の感情がどちらに流れるかは決まっていたのだろう。
いつも人を気遣う玲奈には、太陽に向かって開花するような自己主張の強さはないが、下向きに花を咲かせる桜のような慈愛に満ちた優しさが溢れている。
そんな彼女の優しさに触れて、好意を持つのは自然な流れだ。
最初に契約結婚を提案したのは悠眞の方なのだから、恋愛感情までは望まないので、来年以降も今の生活を継続してほしいと願っている。
「人は変われば変わるものだ。それなら少しは、嫌われないよう愛想よくしろよ」
誠弥が、訳知り顔でアドバイスをしてくのが少々煩わしい。
悠眞だって、自分が無愛想で面白味の足りない男だということは承知している。
今まではこの無愛想な性格を差し引いても、パイロットという職業の他、容姿やら家柄やらといった付加価値があるためか、どれだけ素っ気なくしていても女性の方から言い寄られるのが常だった。
だから、玲奈との距離の詰め方がわからないでいるのだが、それを兄に指摘されるのは面白くない。
「無理して媚びてなんになる。契約解消されれば、その時はその時だ」
悠眞が本心とは真逆の強がりを言うと、誠弥が、やれやれといった感じで息を吐く。
「人の恋路に口出しするのは野暮だとわかっているが、オヤジを喜ばせてやりたくてな」
兄の何気ない一言に、悠眞は足を止めた。
「オヤジ、どうかしたか?」
つられて足をとめた誠弥が、肩を軽く上下させる。
「たいしたことじゃない。ただ最近、気鬱なことが続いてオヤジも元気がない。もしふたりの結婚の意思が固まったら、お試し期間中なんてことにこだわらず、早目にオヤジたちに玲奈さんを紹介してやってくれると助かるよ」
そのもの言いで、悠眞には察するものがある。
「リゾート開発の件、そんなに尾を引いているのか?」
鷹翔グループは、航空事業の他、国内外でのホテル経営やリゾート関連の事業を多角経営しているが、そのホテル部門でトラブルが続いている。
ことの始まりは数年前、新たにリゾートホテルを開業しようと、海外の広大な敷地を購入した直後、その国が内政不安に陥った。
内乱が続き、クーデターの末に政権交代がおこなわれ、それでやっと国政が正常化するかと思ったのだが違った。
政権を握った軍指導の政治支配が始まると、クーデター以前に交わした契約が、その効力を失った。
さすがに土地の権利は残っているが、工事は新政府の承認が下りるまで差し止めとなり、許可を得るために多額の賄賂を求められたのだ。
社長である悠眞の父がそれを断ると、政府公認の嫌がらせが始まった。
資材が盗まれても警察は動かず、関係者がいわれなき罪状で拘束されることもあり、現在、工事は完全に中断している。
それなら開発事業から撤退できればいいのだが、件の新政府が作った規則がそれを阻んだ。
結果鷹翔グループは、かなりの額の和解金を支払い、購入した土地を新政府に無償で貸し出す形で、どうにか事態の収拾にこぎ着けたのだが、そこまでにかなりの負債を抱えることとなり、それがグループ企業全体の運営を圧迫している。
今さら気が付いたことだが、朝から誠弥がJTAのオフィスに顔を出していたのも、経営状況の悪化が影響しているのかもしれない。
「なにか俺にできることはあるか?」
心配する悠眞の肩を、誠弥がポンッと叩く。
「すぐにどうこうなるほど、ウチはもろくない。せっかく夢を叶えたんだから無理するな」
「だけど……」
なにか言いたいのだが、かけるべき言葉が見つからない。
鷹翔グループの傘下企業にいるとはいえ、一介の社員でしかない悠眞にできることなど限られているからだ。
これまでずっと、優秀な兄のおかげで、自由に生きることが許されている己の状況をラッキーだと思っていた。だけど不意に、家族の助けになることのない自分の存在がもどかしくなる。
「気に病むなら、お試し期間なんてものにこだわらずに、早くオヤジたちに相手を紹介してやってくれ。それが一番喜ぶよ」
難しい顔をする悠眞を、誠弥が軽口で茶化す。
それが兄としての思いやりとわかるだけに、なんだか気恥ずかしい。
「努力はしてみるよ」
ぶっきらぼうに返してみたものの、なにをどう努力をすればいいのか皆目見当はつかないのだが。
そんなことを話している間に、パイロット用の登場口へと到着した。
「お前、昔からモテるのに、本気の恋愛には奥手だからな。まあ頑張れ」
あまり期待していない感じで励まして、誠弥は登場口へと向かう悠眞に手を振る。
社交的でそつのない性格をしている兄に言われると、返す言葉がない。悠眞は少々の気まずさを抱えて、手を振り返してその場を離れた。