蒼穹の覇者は、激愛で契約妻と秘密の我が子を逃がさない
◇◇◇
三月末の金曜日、成田空港のムービングウォークに立つ悠眞は、手持ち無沙汰からスマホを確認した。
するとそのタイミングでピコンと音がして、新たなメッセージの着信を告げる。
はやる気持ちを抑えてアプリを開き内容を確認すると、兄からのなんてことのない業務連絡だとわかり落胆する。
玲奈が自分の前から姿を消して約三年、悠眞は何度これを繰り返してきたことか。
四年前の春に玲奈と出会い、一緒に暮らすことで、互いをかけがえのない存在と認識するようになっていったはずなのに、結婚式を目前にしたある日、彼女は悠眞の前から忽然と姿を消した。
長期の出張から帰ってくると、彼女は数日分の着替えを持ち、置き手紙を残して実家に帰っていった。
置き手紙の字は、間違いなく玲奈のものだったので、それが彼女の意思であることは疑いようがなかった。
それでも納得できず、玲奈の実家を訊ねたこともあったのだが、彼女の父親に『娘は、一度は感情に任せて駆け落ちをしたが、冷静になって家に帰ってきた』『君には二度と会いたくないと言っているし、アメリカでなど暮らしたくないと話している』と、悠眞に語った。
置き手紙がなければ、そんなはずないと、玲奈の父親の言葉を突っぱねることもできたかもしれないが、状況が悠眞の思いを否定する。
正直に言えば悠眞にも、もしかして……と、思い当たる点があったのだ。
忙しさのあまり、すれ違いが増えていた。
マリッジブルーという言葉もあるくらいに、結婚間近の女性は不安になりやすいのだから、もっと彼女に寄り添うべきだったのだ。
それにバレンタインデーに突然帰ってきた悠眞に驚いた玲奈は、その時一瞬感じた恐怖を引き合いにして、アメリカで借りる部屋はなるべく治安のいい場所にしてほしいと頼んできた。
もちろんその願いは最大限考慮するつもりでいたが、それでも悠眞が不在の時には不安な思いをさせることになるだろう。
当時の悠眞はかなり忙しくしていたし、アメリカに行けば、新規事業が軌道に乗るまでは、さらに忙しい日々が続くのは目に見えていた。
箱入り娘で育った玲奈が、不安を募らせて、急に渡米が怖くなったというのであれば、悠眞にそれを止める権利はない。
人に気を遣ってばかりいる玲奈に、もっと自己主張をしてほしいと願ったのは、悠眞自身なのだ。どんな願いでも、玲奈の願いを叶えてあげたいと思っているからこそ、彼女の思いを尊重するべきなのだろう。
だけどそれは、玲奈を諦めるという意味ではない。
彼女が、現状の悠眞との海外生活に不安を抱くのであれば、不安を取り除いてから迎えに行くまでだ。
そしてその時こそ、玲奈を離したりはしない。
そのために新たに鷹翔グループが立ち上げた子会社の社長に就任し、懸命に基盤を確立してきた。
自分の強い覚悟を確かめるべく、悠眞はスマホを持つ、自分の左手薬指に視線を落とした。
そこには、結婚式で玲奈と交換するはずだったエンゲージリングが嵌められている。
どれだけ彼女と離れていても、未来に対する明確な保証がなくても、自分の心は一生涯彼女のものだという意思表示だ。
「どうかされましたか?」
横から聞こえてきた声に、玲奈のことを想っていた悠眞の意識が、一気に現実に引き戻される。
隣を見ると、同行してきた秘書の宮木がこちらの手元を見ていた。
「兄から、スケジュールの確認だ」
今回帰国した一番の目的は、新たな企画に向けて有名レストランとの契約交渉だが、身内の気軽さで、あれこれ予定を詰め込んでくる。
メッセージには、明日は、地方創生・地域特色プロモーションをコンセプトに唱った銀行主催のイベントに顔を出して、悠眞の感性で今後の事業展開に有益な情報がないか見てきてほしいと書いてある。
ついでに夜は、パーティーにも付き合ってほしいとのことだ。
「明日は土曜日ですよ」
常々悠眞がワーカホリックだと小言を口にする宮木が、咎めるような眼差しを向けてくる。
「久しぶりの日本だ。宮木君は、ゆっくり過ごしてくれ」
せっかく日本に帰ってきたのだ、宮木の仕事は最低限に抑えて、ゆっくりしてもらってかまわない。
悠眞の気遣いに、宮木は、そうじゃないと頭を振る。
「私は鷹條社長のお体の心配をしているんです」
「好きでやっていることだから、俺のことは気にしなくていい」
「玲奈さんという方を、迎えに行くためですか?」
宮木の声に、隠しきれない苛立ちが混じる。
そのことに気付かないふりで、悠眞は「そうだ」と、頷く。
自分の隣に玲奈がいてくれないのであれば、休日にも、豊かな暮らしにも価値はない。
それならば、全ての時間を仕事に捧げている方がいい。そうすれば、日常で玲奈の不在を感じずにいられる。
「鷹條社長が、大変な時期に、支えようともせずに離れていった女性にそこまで固執する理由がわかりません」
玲奈との結婚を前提にアメリカ赴任の準備をしていたので、補佐役である宮木は、玲奈が突然悠眞の前から姿を消したことを知っている。
そんな宮木からすれば、玲奈が身勝手な女性に見えるのかもしれないが、それは違う。
「責任の全ては、彼女を不安にさせてしまった俺にある」
「しかし……」
「この件に関して、それ以上話すつもりはない」
悠眞が強い口調で断言すると、宮木も渋々といった様子で言葉を呑み込む。
(宮木君が悪いわけじゃない)
悠眞のサポート役である宮木は、玲奈がいなくなってからの悠眞の落胆ぶりをよく知っている。
いつか会社の業績を立て直して玲奈を迎えに行くという目標がなければ、どうなっていたことか。
だからこそ、玲奈を批難することで、悠眞の気持ちを切り替えさせたいのだろう。
それは上司に対する彼女の思いやりなのだろうけど、悠眞としては、申し訳ないが迷惑でしかない。
悠眞にとって玲奈は、生涯をかけて愛するたったひとりの女性なのだ。彼女を失った痛みでさえ、悠眞にとっては愛おしいものなので気遣ってもらう必要はないのだ。
(あと少し……)
この数年で、鷹翔グループの業績はほぼ回復している。
次の決算でそれを証明できたら、迷わず玲奈を迎えに行くつもりだ。
三月末の金曜日、成田空港のムービングウォークに立つ悠眞は、手持ち無沙汰からスマホを確認した。
するとそのタイミングでピコンと音がして、新たなメッセージの着信を告げる。
はやる気持ちを抑えてアプリを開き内容を確認すると、兄からのなんてことのない業務連絡だとわかり落胆する。
玲奈が自分の前から姿を消して約三年、悠眞は何度これを繰り返してきたことか。
四年前の春に玲奈と出会い、一緒に暮らすことで、互いをかけがえのない存在と認識するようになっていったはずなのに、結婚式を目前にしたある日、彼女は悠眞の前から忽然と姿を消した。
長期の出張から帰ってくると、彼女は数日分の着替えを持ち、置き手紙を残して実家に帰っていった。
置き手紙の字は、間違いなく玲奈のものだったので、それが彼女の意思であることは疑いようがなかった。
それでも納得できず、玲奈の実家を訊ねたこともあったのだが、彼女の父親に『娘は、一度は感情に任せて駆け落ちをしたが、冷静になって家に帰ってきた』『君には二度と会いたくないと言っているし、アメリカでなど暮らしたくないと話している』と、悠眞に語った。
置き手紙がなければ、そんなはずないと、玲奈の父親の言葉を突っぱねることもできたかもしれないが、状況が悠眞の思いを否定する。
正直に言えば悠眞にも、もしかして……と、思い当たる点があったのだ。
忙しさのあまり、すれ違いが増えていた。
マリッジブルーという言葉もあるくらいに、結婚間近の女性は不安になりやすいのだから、もっと彼女に寄り添うべきだったのだ。
それにバレンタインデーに突然帰ってきた悠眞に驚いた玲奈は、その時一瞬感じた恐怖を引き合いにして、アメリカで借りる部屋はなるべく治安のいい場所にしてほしいと頼んできた。
もちろんその願いは最大限考慮するつもりでいたが、それでも悠眞が不在の時には不安な思いをさせることになるだろう。
当時の悠眞はかなり忙しくしていたし、アメリカに行けば、新規事業が軌道に乗るまでは、さらに忙しい日々が続くのは目に見えていた。
箱入り娘で育った玲奈が、不安を募らせて、急に渡米が怖くなったというのであれば、悠眞にそれを止める権利はない。
人に気を遣ってばかりいる玲奈に、もっと自己主張をしてほしいと願ったのは、悠眞自身なのだ。どんな願いでも、玲奈の願いを叶えてあげたいと思っているからこそ、彼女の思いを尊重するべきなのだろう。
だけどそれは、玲奈を諦めるという意味ではない。
彼女が、現状の悠眞との海外生活に不安を抱くのであれば、不安を取り除いてから迎えに行くまでだ。
そしてその時こそ、玲奈を離したりはしない。
そのために新たに鷹翔グループが立ち上げた子会社の社長に就任し、懸命に基盤を確立してきた。
自分の強い覚悟を確かめるべく、悠眞はスマホを持つ、自分の左手薬指に視線を落とした。
そこには、結婚式で玲奈と交換するはずだったエンゲージリングが嵌められている。
どれだけ彼女と離れていても、未来に対する明確な保証がなくても、自分の心は一生涯彼女のものだという意思表示だ。
「どうかされましたか?」
横から聞こえてきた声に、玲奈のことを想っていた悠眞の意識が、一気に現実に引き戻される。
隣を見ると、同行してきた秘書の宮木がこちらの手元を見ていた。
「兄から、スケジュールの確認だ」
今回帰国した一番の目的は、新たな企画に向けて有名レストランとの契約交渉だが、身内の気軽さで、あれこれ予定を詰め込んでくる。
メッセージには、明日は、地方創生・地域特色プロモーションをコンセプトに唱った銀行主催のイベントに顔を出して、悠眞の感性で今後の事業展開に有益な情報がないか見てきてほしいと書いてある。
ついでに夜は、パーティーにも付き合ってほしいとのことだ。
「明日は土曜日ですよ」
常々悠眞がワーカホリックだと小言を口にする宮木が、咎めるような眼差しを向けてくる。
「久しぶりの日本だ。宮木君は、ゆっくり過ごしてくれ」
せっかく日本に帰ってきたのだ、宮木の仕事は最低限に抑えて、ゆっくりしてもらってかまわない。
悠眞の気遣いに、宮木は、そうじゃないと頭を振る。
「私は鷹條社長のお体の心配をしているんです」
「好きでやっていることだから、俺のことは気にしなくていい」
「玲奈さんという方を、迎えに行くためですか?」
宮木の声に、隠しきれない苛立ちが混じる。
そのことに気付かないふりで、悠眞は「そうだ」と、頷く。
自分の隣に玲奈がいてくれないのであれば、休日にも、豊かな暮らしにも価値はない。
それならば、全ての時間を仕事に捧げている方がいい。そうすれば、日常で玲奈の不在を感じずにいられる。
「鷹條社長が、大変な時期に、支えようともせずに離れていった女性にそこまで固執する理由がわかりません」
玲奈との結婚を前提にアメリカ赴任の準備をしていたので、補佐役である宮木は、玲奈が突然悠眞の前から姿を消したことを知っている。
そんな宮木からすれば、玲奈が身勝手な女性に見えるのかもしれないが、それは違う。
「責任の全ては、彼女を不安にさせてしまった俺にある」
「しかし……」
「この件に関して、それ以上話すつもりはない」
悠眞が強い口調で断言すると、宮木も渋々といった様子で言葉を呑み込む。
(宮木君が悪いわけじゃない)
悠眞のサポート役である宮木は、玲奈がいなくなってからの悠眞の落胆ぶりをよく知っている。
いつか会社の業績を立て直して玲奈を迎えに行くという目標がなければ、どうなっていたことか。
だからこそ、玲奈を批難することで、悠眞の気持ちを切り替えさせたいのだろう。
それは上司に対する彼女の思いやりなのだろうけど、悠眞としては、申し訳ないが迷惑でしかない。
悠眞にとって玲奈は、生涯をかけて愛するたったひとりの女性なのだ。彼女を失った痛みでさえ、悠眞にとっては愛おしいものなので気遣ってもらう必要はないのだ。
(あと少し……)
この数年で、鷹翔グループの業績はほぼ回復している。
次の決算でそれを証明できたら、迷わず玲奈を迎えに行くつもりだ。