蒼穹の覇者は、激愛で契約妻と秘密の我が子を逃がさない
◇◇◇
展示会二日目の土曜日。イベント会場を訪れた玲奈は、まずは今日も引き続きブースに立つ商工会のメンバーへ差し入れにいくことにした。
するとちょうどお客さんで賑わっていたので、手伝をしていると、三十代半ばといった感じの女性に声をかけられた。
夫と共に現在海外で暮らしているという彼女は、玲奈たちのブースに興味を示してあれこれ質問されて、話が盛り上がった。
そういったことに一息つくと、玲奈は展示会場を回ることにした。
梢には、気楽に楽しんできてと言われているが、生真面目な玲奈としては、子供たちを預かってもらって送り出してもらっているのにそういうわけにはいかない。
どんな情報がバウムクローネに有益かを考えながら、各ブースを回っていた。
御殿場は富士山が近く自然豊かで、パワースポットとして有名な場所も多く、布巾にアウトレットモールなどもある。
様々な目的で訪れる人がいるので、それに合わせて宿泊施設も多種多様だ。そんな中、バウムクローネは、梢の料理の腕で周囲のペンションとの差別化を図っている。
(バウムクローネは、牛ヒレ肉をパイで包み込んで焼き上げた、ビーフウェリントンが人気だから、肉料理をチェックすればいいかな? それに、デザートメニューやアクティビティも……)
そんなことを考えながら、賑わう人の間を縫って歩いていた玲奈は、人混みの中に見知った顔を見つけた気がして身をこわばらせた。
(悠眞さんっ!)
人混みの中に悠眞がいたような気がしたけど、彼はアメリカにいるのだから、そんなはずはない。
これまでだって、人混みの中に、居もしない彼の幻影を見て、何度驚いたことか。
だからまた見間違いをしただけと、冷静な部分ではわかっている。
だけど、よく似た誰かを悠眞と見間違う度に、それが別人だと納得しないと気が済まないのだ。
だから悠眞に似た人の動きを目で追っていると、「ゆうまさん」と、彼と同じ名前を呼ぶ女性の声がして、玲奈が視線で追いかけていた男性の腕を引いた。
女性に腕を引かれて、男性がそちらへと視線を向ける。
見ると女性は、先ほど玲奈に話しかけてくれた人だ。親しく話しかける様子からして、彼が彼女の夫なのだろうか。
そんなことを思いつつ相手の男性の顔を見て、玲奈は心臓が止まりそうな衝撃を受けた。
(悠眞さんっ!)
どうして彼が……。一瞬そう思ったけど、このイベントは物産展などもあり一般来場者も多く訪れている。だから、彼が訪れていても不思議はない。
見間違いではなかったことや、彼が帰国していたことに驚くのと共に、彼の腕に手を触れさせ、親しげに話しかける女性の存在から目が離せなくなる。
さっき玲奈と話していた時に彼女は、一緒に帰国している夫と後で合流すると言っていた。
つまり悠眞が、彼女の夫なのだろう。
そんな予想を裏付けるように、近くのブースのスタッフに差し出された試食の皿を受け取る悠眞の左手薬指には、シルバーの指輪が嵌められている。
(悠眞さん、結婚していたんだ)
それでいいと思っていたはずなのに、実際に彼の隣に自分以外の女性がいるのを目の当たりにすると、息もできないほどに苦しくなる。
(帰ろう……)
彼の幸せを素直に喜ぶことのできない自分の醜さを恥じつつ、玲奈はその場を離れた。
せっかくだからもっと色々見てまわるつもりでいたけど、悠眞に気付かれる前に、この場を立ち去った方がいい。
だけどそのまま会場を後にしようとした時、会場の入り口付近で佇む年配の女性が目についた。
ヨーロッパ系と思われる顔立ちの女性は、スマホを覗き込み、同じ動作を繰り返しては、途方にくれた顔で周囲に視線を向けている。
一目でなにか困っているとわかるのだけど、そんな彼女に声を掛ける人はいない。
「Can I help you with something?」
玲奈が英語で声を掛けると、相手の表情が一気に輝いた。
そのまま、テンポのよいラテン訛りの英語で話し掛けてくる。それで試しにイタリア語で話しかけてみると、相手の表情がさらに輝いた。
玲奈の方は、英語の方が得意だけど、多少はイタリア語も理解できる。
それを事前に伝えて、英語で話しを聞く。
どうしてもうまく説明できない部分はイタリア語を交えて話を聞くと、突然スマホがインターネットに繋がらなくなったのだという。そのため翻訳機能が使えず、誰にこの状況を説明して助けを求めればいいかわからず途方に暮れていたそうだ。
それを聞いた玲奈は、相手に許可を取ってスマホを操作させてもらった。
すると思ったとおり、ローミング設定がオフになっていた。
ローミング設定とは、簡単にいえば渡航の際、海外の通信社の電波を借りて自分のスマホを使えるようにするサービスだ。
玲奈がそのことを伝えると、相手がそれだけのことだったのかと目を丸くする。
その反応を見るに、なにかの弾みでオフになってしまい、その自覚がないため気付かずにいたのだろう。
玲奈が設定をオンにして返すと、相手は、さっそく翻訳機能を使用して日本語でお礼を伝え、その場を離れていく。
そんな茶目っ気のある女性の背中を見送って、今度こそ会場を出て行こうとした玲奈は、自分の名前を呼ぶ声に動きを止めた。
記憶に深く刻まれた声に振り向くと、驚愕の表情を浮かべた悠眞が視界に入った。
「玲奈っ」
驚きの表情で自分の名前を呼ぶ悠眞は、玲奈の存在に気付き、そのままこちらに駆けてこようとする。
でも隣に立つ妻と思われる女性が、彼の腕を掴んで引き止めた。
そのやりとりを見れば十分だ。
玲奈は、一気に駆けだした。
会場を飛びだし、ちょうど一台だけあった客待ちのタクシーに乗り込み、その場を離れる。
チラリと背後を確認すると、一足遅れで悠眞が外に飛び出してくるのが見えた。それに続いて、彼と一緒にいた女性の姿も。
当然のように彼に寄り添う彼女の姿に、息をするのも苦しくなる。
「私、最低な人間だ……」
シートに座り直した玲奈は、前髪をクシャリと書き上げた。
悠眞に迷惑をかけないように別れを決意したのに、彼の隣に他の女性がいることにこんなに胸が痛いなんて思ってもいなかった。
展示会二日目の土曜日。イベント会場を訪れた玲奈は、まずは今日も引き続きブースに立つ商工会のメンバーへ差し入れにいくことにした。
するとちょうどお客さんで賑わっていたので、手伝をしていると、三十代半ばといった感じの女性に声をかけられた。
夫と共に現在海外で暮らしているという彼女は、玲奈たちのブースに興味を示してあれこれ質問されて、話が盛り上がった。
そういったことに一息つくと、玲奈は展示会場を回ることにした。
梢には、気楽に楽しんできてと言われているが、生真面目な玲奈としては、子供たちを預かってもらって送り出してもらっているのにそういうわけにはいかない。
どんな情報がバウムクローネに有益かを考えながら、各ブースを回っていた。
御殿場は富士山が近く自然豊かで、パワースポットとして有名な場所も多く、布巾にアウトレットモールなどもある。
様々な目的で訪れる人がいるので、それに合わせて宿泊施設も多種多様だ。そんな中、バウムクローネは、梢の料理の腕で周囲のペンションとの差別化を図っている。
(バウムクローネは、牛ヒレ肉をパイで包み込んで焼き上げた、ビーフウェリントンが人気だから、肉料理をチェックすればいいかな? それに、デザートメニューやアクティビティも……)
そんなことを考えながら、賑わう人の間を縫って歩いていた玲奈は、人混みの中に見知った顔を見つけた気がして身をこわばらせた。
(悠眞さんっ!)
人混みの中に悠眞がいたような気がしたけど、彼はアメリカにいるのだから、そんなはずはない。
これまでだって、人混みの中に、居もしない彼の幻影を見て、何度驚いたことか。
だからまた見間違いをしただけと、冷静な部分ではわかっている。
だけど、よく似た誰かを悠眞と見間違う度に、それが別人だと納得しないと気が済まないのだ。
だから悠眞に似た人の動きを目で追っていると、「ゆうまさん」と、彼と同じ名前を呼ぶ女性の声がして、玲奈が視線で追いかけていた男性の腕を引いた。
女性に腕を引かれて、男性がそちらへと視線を向ける。
見ると女性は、先ほど玲奈に話しかけてくれた人だ。親しく話しかける様子からして、彼が彼女の夫なのだろうか。
そんなことを思いつつ相手の男性の顔を見て、玲奈は心臓が止まりそうな衝撃を受けた。
(悠眞さんっ!)
どうして彼が……。一瞬そう思ったけど、このイベントは物産展などもあり一般来場者も多く訪れている。だから、彼が訪れていても不思議はない。
見間違いではなかったことや、彼が帰国していたことに驚くのと共に、彼の腕に手を触れさせ、親しげに話しかける女性の存在から目が離せなくなる。
さっき玲奈と話していた時に彼女は、一緒に帰国している夫と後で合流すると言っていた。
つまり悠眞が、彼女の夫なのだろう。
そんな予想を裏付けるように、近くのブースのスタッフに差し出された試食の皿を受け取る悠眞の左手薬指には、シルバーの指輪が嵌められている。
(悠眞さん、結婚していたんだ)
それでいいと思っていたはずなのに、実際に彼の隣に自分以外の女性がいるのを目の当たりにすると、息もできないほどに苦しくなる。
(帰ろう……)
彼の幸せを素直に喜ぶことのできない自分の醜さを恥じつつ、玲奈はその場を離れた。
せっかくだからもっと色々見てまわるつもりでいたけど、悠眞に気付かれる前に、この場を立ち去った方がいい。
だけどそのまま会場を後にしようとした時、会場の入り口付近で佇む年配の女性が目についた。
ヨーロッパ系と思われる顔立ちの女性は、スマホを覗き込み、同じ動作を繰り返しては、途方にくれた顔で周囲に視線を向けている。
一目でなにか困っているとわかるのだけど、そんな彼女に声を掛ける人はいない。
「Can I help you with something?」
玲奈が英語で声を掛けると、相手の表情が一気に輝いた。
そのまま、テンポのよいラテン訛りの英語で話し掛けてくる。それで試しにイタリア語で話しかけてみると、相手の表情がさらに輝いた。
玲奈の方は、英語の方が得意だけど、多少はイタリア語も理解できる。
それを事前に伝えて、英語で話しを聞く。
どうしてもうまく説明できない部分はイタリア語を交えて話を聞くと、突然スマホがインターネットに繋がらなくなったのだという。そのため翻訳機能が使えず、誰にこの状況を説明して助けを求めればいいかわからず途方に暮れていたそうだ。
それを聞いた玲奈は、相手に許可を取ってスマホを操作させてもらった。
すると思ったとおり、ローミング設定がオフになっていた。
ローミング設定とは、簡単にいえば渡航の際、海外の通信社の電波を借りて自分のスマホを使えるようにするサービスだ。
玲奈がそのことを伝えると、相手がそれだけのことだったのかと目を丸くする。
その反応を見るに、なにかの弾みでオフになってしまい、その自覚がないため気付かずにいたのだろう。
玲奈が設定をオンにして返すと、相手は、さっそく翻訳機能を使用して日本語でお礼を伝え、その場を離れていく。
そんな茶目っ気のある女性の背中を見送って、今度こそ会場を出て行こうとした玲奈は、自分の名前を呼ぶ声に動きを止めた。
記憶に深く刻まれた声に振り向くと、驚愕の表情を浮かべた悠眞が視界に入った。
「玲奈っ」
驚きの表情で自分の名前を呼ぶ悠眞は、玲奈の存在に気付き、そのままこちらに駆けてこようとする。
でも隣に立つ妻と思われる女性が、彼の腕を掴んで引き止めた。
そのやりとりを見れば十分だ。
玲奈は、一気に駆けだした。
会場を飛びだし、ちょうど一台だけあった客待ちのタクシーに乗り込み、その場を離れる。
チラリと背後を確認すると、一足遅れで悠眞が外に飛び出してくるのが見えた。それに続いて、彼と一緒にいた女性の姿も。
当然のように彼に寄り添う彼女の姿に、息をするのも苦しくなる。
「私、最低な人間だ……」
シートに座り直した玲奈は、前髪をクシャリと書き上げた。
悠眞に迷惑をかけないように別れを決意したのに、彼の隣に他の女性がいることにこんなに胸が痛いなんて思ってもいなかった。