蒼穹の覇者は、激愛で契約妻と秘密の我が子を逃がさない
その日の夜、誠弥に頼まれていたパーティーに出席すべく都内のホテルを訪れていた悠眞は、ロビーでこちらの到着を待ち構えていた兄を見つけて合図を送る。
「おい、なんだその顔は」
顔を合わせるなり、誠弥が顔を顰めた。
「顔?」
なにを言われているのかわからず、悠眞は自分の頬を撫でた。
ついでに見える範囲で、着ているカクテルスーツも確認する。
顔に怪我をした覚えはないし、ドレスコードにも問題はないはず。
今日のパーティーは、富裕層をターゲットとしたジュエリーブランドが主催したもので、様々な業種の著名人が集まるはずだ。
誠弥としてはこの場で顔を売って、新規ビジネスの宣伝と共に、新たな史上を開拓したいとのことだ。
そのため悠眞も、相手に失礼のないよう、髪型も整え、身だしなみにもかなり気を遣っている。
「見るからに不機嫌そうなんだよ」
納得のいかない顔で服装を確かめる悠眞に、誠弥が呆れ顔で言う。
「ああ……」
それに関しては、昼間あんなことがあったのだから仕方ない。とはいえ、事情を知らない誠弥に説明するのも面倒くさい。
「会場では気をつける」
そう答えて、悠眞は歩き出す。
「まあお前の場合、どれだけ無礼な態度を取っても相手を魅了してしまうんだから、問題ないんだろうがな」
悠眞を追いかけて歩きたす誠弥が、呆れ調子で言う。
「どういう意味だ?」
言葉の意味がわからず、悠眞は誠弥を見た。
「昔から愛想よくお調子者の俺より、不遜なくらいマイペースに生きるお前の方が人に愛される。お前には、人を惹きつける天賦の才能があるんだろうな」
悠眞は肩をすくめる。
「そんなことないだろ」
「謙遜するな。兄として一番近くでお前を見てきた俺が言うんだから、間違いない。ガキの時から同じ悪さをしても、周囲はお前のことは叱らず『悠眞のすることだから仕方ない』て、感じで許していた」
「それは、長男と次男の違いだろ」
普通に考えればただそれだけのことだと思うのだけど、誠弥は譲らない。
「違うな。あれはお前に、人たらしの才能がある証拠だ」
「人たらし……」
なんとなくタチの悪い男と言われているようで、返答に困る。ロビーを歩きエレベーターに乗り込む悠眞は、唇を奇妙に曲げておく。
誠弥は、そんな悠眞を見上げて言い直す。
「つまり、カリスマ性というやつだ。お前には、商才だけでなく、人の心を動かすだけの才能がある。鷹翔グループが飛躍的に業績回復できたのは、そのおかげだと言って過言じゃない」
「まさか」
悠眞は、とんでもないと笑う。
「その証拠に、この前は〝蒼穹の覇者〟なんてあおり文句で、経済誌に特集を組まれていたじゃないか」
誠弥が、少し前に受けた取材のことを引き合いに出す。
一時はかなり危機的状況だった鷹翔グループの経営を一気に回復させた立役者として、悠眞はインタビューを受けた。
鷹翔グループの宣伝になればと思って引き受けたが、まるで悠眞ひとりの力で偉業を成し遂げたとでもいうような生地の内容には閉口した。
しかも同時に掲載された悠眞の写真も、やたら凝っていて妙に恥ずかしかったのを覚えている。
「あれは、インタビュアーが、面白がって大げさに書いただけだ」
確かに悠眞の提案した新規ビジネスは、時代の後押しを受けて大成功を収めたといえる。
だがそれは、これまで父や兄が、一時期の業績不振を耐えるだけの鷹翔グループの基盤を守ってきてくれたからだ。
それなのに、今回の件を、悠眞ひとりの手柄のように言われると申し訳なくなる。
ちょうどその時、エレベーターが指定の階に到着して、それを告げる機械音と共に、自動ドアがゆっくりと開く。
「一度、自分に向けられる周囲の視線というのを意識してみろ。そうすれば、俺の言っている言葉の意味がわかるさ」
誠弥は、悠眞の肩を軽く叩いてエレベーターを下りていく。
その後に続く悠眞は、兄と共にパーティー会場に入ると、髪を掻き上げることで、鷹翔グループの御曹司として振る舞うべく気持ちを切り替える。
するとすぐに、顔見知りに声をかけられた。
立ち止まりそのまま言葉を交わしていると、他の人も会話に参加してきて、あっという間に談笑の輪ができていく。
兄の言葉を鵜呑みにするつもりはないが、こういう時、確かに悠眞に人を引き付ける才能というものがあるのかもしれないと感じさせられる。
パイロットとして働いている時も、どれだけ無愛想に振る舞っても、女性に言い寄られていたのはそのせいだったのかもしれない。
(だけど、それがなんになる?)
悠眞としては、玲奈に拒絶されるのであれば、兄が言う『人たらしの才能』なんてものに、なんの意味もない。
地位や才能といった他人が羨むもの全て引き換えにすれば、玲奈と共に生きる時間を返してくれると言われたら、悠眞は迷わずその全てを差し出すだろう。
その交渉の相手が、神でも悪魔でも構わない。
本気でそう思うほどに、悠眞にとって玲奈のいない人生は、耐え難いものなのだ。
だからこそ、昼間見せた彼女の拒絶が、悠眞を苦しめる。
それでも自分に任された役目を果たすべく、談笑に参加していた悠眞は、会話が一息ついたタイミングで、飲み物を取りに行こうと座を離れた。
そのままバーカウンターを目指して歩いていた悠眞は、数人の男性に囲まれて、機嫌良く話す女性の姿に足を止めた。
カールさせた長く艶のある髪をハーフアップにして、なかなかに際どい切り込みが入ったタイトなドレスを着る女性の顔に見覚えがあったからだ。
(白石瑠依奈……?)
玲奈に出会ったことで、結局兄に代役を頼まれた結婚式には出席しなかった。
もとから気乗りしない式だったとはいえ誠弥の代役だったので、大人の対応として、後から急な欠席を詫びる手紙と祝いの品は送らせてもらった。
そのお返しの品と共に、あの日の新郎新婦の写真が添えられていたので、なんとなくではあるがその両方の顔は覚えている。
あの日、玲奈から花婿を奪ってまで結婚した瑠依奈は、数人の男性に囲まれ艶やかな笑みを浮かべているが、その一団の中に夫とおぼしき顔は見当たらない。
もちろん結婚しても異性と話すことぐらい誰にでもあることだ。だけど、瑠依奈の醸し出す雰囲気や誘うような眼差しを見れば、彼女が相手にそれ以上の関係を望んでいるのだとわかる。
(彼女なら、玲奈の近況を知っているだろうか?)
これまでの玲奈の話からして、ふたりが親しい間柄とは思えないが、それでも親戚なのだからなにか話を聞けるかもしれない。
そう思った悠眞は、自分から瑠依奈に声をかけにいくことにした。
「失礼、早瀬晃さんの奥さんですよね?」
「はぁ? 違いますけどっ!」
悠眞が背後から声をかけると、瑠依奈があからさまに不機嫌な顔で振り返る。でも次の瞬間、悠眞の顔を見て、表情を取り繕う。
「あ、やだ、すみません。昨年、離婚したものですから。……あの人のお知り合いでしょうか?」
急に愛想よく話し出す瑠依奈は、悠眞にまで、取り巻きの男性陣に向けていたのと同種の眼差しを向けてくる。
(なるほど。彼女が離婚していたことを知らなかった)
それなら他の男性とどういった関係を築こうが彼女の自由だが、こちらにそういった眼差しを向けてくるのは迷惑でしかない。
「長く日本を離れていたものですから、そうとは知らず失礼いたしました。……私はこういう者で、早瀬晃氏に結婚式の招待状をいただいており」
瑠依奈が、悠眞と玲奈の関係をどこまで理解しているのかわからないので、とりあえずそう切り出して、名刺を手渡しつつ急用のため式に参加できなかったことを詫びようと思い声をかけたのだと説明した。
名刺に書かれている悠眞の肩書きを確認して、相手の口角がわずかに上がる。
「あら、そうだったんですね。式に参加していただけなかったのは残念ですけど、こうやってお会いできて光栄です」
そう話す彼女の目は、獲物を狙う猫といった感じだ。
女性からこういった眼差しを向けられることに慣れている悠眞としては、迷惑でしかないのだが、今はその感情を押し殺して話しを続ける。
「実は、ご親戚の玲奈さんとも面識があったのですが、彼女は最近どうされていますか?」
久しぶりの帰国で、面識のある人の近況を知りたいといった感じで悠眞が話を振ると、瑠依奈の顔に嘲りの色が浮かぶ。
「あら、玲奈とも知り合いでしたの? じゃあ、あの子が男に騙して捨てられて、数年前に未婚の母になったのはご存知?」
「はっ?」
思いもしなかった情報に、悠眞は素っ頓狂な声をあげる。
そんな悠眞の反応をどう受け止めたのか、彼女は、玲奈は大失恋のショックを癒やすために男遊びを繰り返した末に未婚の母となり、男にも両親にも見捨てられて失踪したのだと、嬉々として語った。
もちろん悠眞が瑠依奈の話を真に受けるわけがない。
彼女の言う〝数年前の大失恋〟というのは、早瀬晃との縁談のことだろう。
玲奈は彼との破談を喜んでいたくらいなのだから、失恋のショックなどありえないし、彼女はその後、悠眞と暮らしていたのだ。
そもそも玲奈の性格からして、男遊びなどするわけがない。
「彼女が妊娠って、時期は?」
混乱する思考をどうにか宥めて、悠眞は瑠依奈に聞く。
瑠依奈は、悠眞との会話を楽しむように顎に指をあててしばし考え込む。
「あれは、私が離婚のために弁護士を雇った時期だから……三年ほど前だったと思うわ」
その答えに、悠眞は視界が揺れるような衝撃を受けた。
「だとしたら、その子の父親は……」
悠眞で間違いない。
「両親にどれだけ詰問されても、父親の名前を明かさなかったらしいわ。でもそれって、誰が父親かわからないってことよね。本当にみっとも……キャッ」
勝手な推測を並べて、玲奈を侮辱する瑠依奈の腕を悠眞は思わず掴んでいた。
そのことに瑠依奈が驚くが、構うことなく質問を投げかける。
「それで、彼女は今どこにいる?」
悠眞の切羽詰まった表情に、察するものがあったのだろう。
瑠依奈がニヤリと笑う。
「さあ? でも親戚ですから、調べればわかると思います。もしわかったらお知らせしてもよろしいんですけど……失礼ですが鷹條さんは?」
瑠依奈はそう言って、悠眞の左手薬指に視線を向ける。
「指輪はしているが、俺は独身だ」
既婚者だから玲奈に会わせられないと言われては、もともこもない。
普段は女性除けのためにも、既婚者ということにしている悠眞だが、玲奈に話がどう伝わるかわからないので正直に告げることにした。
すると瑠依奈が、一段と嬉しそうにする。
「そう。それなら鷹條さんの連絡先を教えていただいてもよろしいかしら? それと玲奈についてお話したいこともあるので、この後お時間をいただけますか?」
玲奈の手がかりが彼女しかないのだから、仕方ない。
悠眞は苦々しい感情を押し殺して、瑠依奈の提案を受けいれた。
「おい、なんだその顔は」
顔を合わせるなり、誠弥が顔を顰めた。
「顔?」
なにを言われているのかわからず、悠眞は自分の頬を撫でた。
ついでに見える範囲で、着ているカクテルスーツも確認する。
顔に怪我をした覚えはないし、ドレスコードにも問題はないはず。
今日のパーティーは、富裕層をターゲットとしたジュエリーブランドが主催したもので、様々な業種の著名人が集まるはずだ。
誠弥としてはこの場で顔を売って、新規ビジネスの宣伝と共に、新たな史上を開拓したいとのことだ。
そのため悠眞も、相手に失礼のないよう、髪型も整え、身だしなみにもかなり気を遣っている。
「見るからに不機嫌そうなんだよ」
納得のいかない顔で服装を確かめる悠眞に、誠弥が呆れ顔で言う。
「ああ……」
それに関しては、昼間あんなことがあったのだから仕方ない。とはいえ、事情を知らない誠弥に説明するのも面倒くさい。
「会場では気をつける」
そう答えて、悠眞は歩き出す。
「まあお前の場合、どれだけ無礼な態度を取っても相手を魅了してしまうんだから、問題ないんだろうがな」
悠眞を追いかけて歩きたす誠弥が、呆れ調子で言う。
「どういう意味だ?」
言葉の意味がわからず、悠眞は誠弥を見た。
「昔から愛想よくお調子者の俺より、不遜なくらいマイペースに生きるお前の方が人に愛される。お前には、人を惹きつける天賦の才能があるんだろうな」
悠眞は肩をすくめる。
「そんなことないだろ」
「謙遜するな。兄として一番近くでお前を見てきた俺が言うんだから、間違いない。ガキの時から同じ悪さをしても、周囲はお前のことは叱らず『悠眞のすることだから仕方ない』て、感じで許していた」
「それは、長男と次男の違いだろ」
普通に考えればただそれだけのことだと思うのだけど、誠弥は譲らない。
「違うな。あれはお前に、人たらしの才能がある証拠だ」
「人たらし……」
なんとなくタチの悪い男と言われているようで、返答に困る。ロビーを歩きエレベーターに乗り込む悠眞は、唇を奇妙に曲げておく。
誠弥は、そんな悠眞を見上げて言い直す。
「つまり、カリスマ性というやつだ。お前には、商才だけでなく、人の心を動かすだけの才能がある。鷹翔グループが飛躍的に業績回復できたのは、そのおかげだと言って過言じゃない」
「まさか」
悠眞は、とんでもないと笑う。
「その証拠に、この前は〝蒼穹の覇者〟なんてあおり文句で、経済誌に特集を組まれていたじゃないか」
誠弥が、少し前に受けた取材のことを引き合いに出す。
一時はかなり危機的状況だった鷹翔グループの経営を一気に回復させた立役者として、悠眞はインタビューを受けた。
鷹翔グループの宣伝になればと思って引き受けたが、まるで悠眞ひとりの力で偉業を成し遂げたとでもいうような生地の内容には閉口した。
しかも同時に掲載された悠眞の写真も、やたら凝っていて妙に恥ずかしかったのを覚えている。
「あれは、インタビュアーが、面白がって大げさに書いただけだ」
確かに悠眞の提案した新規ビジネスは、時代の後押しを受けて大成功を収めたといえる。
だがそれは、これまで父や兄が、一時期の業績不振を耐えるだけの鷹翔グループの基盤を守ってきてくれたからだ。
それなのに、今回の件を、悠眞ひとりの手柄のように言われると申し訳なくなる。
ちょうどその時、エレベーターが指定の階に到着して、それを告げる機械音と共に、自動ドアがゆっくりと開く。
「一度、自分に向けられる周囲の視線というのを意識してみろ。そうすれば、俺の言っている言葉の意味がわかるさ」
誠弥は、悠眞の肩を軽く叩いてエレベーターを下りていく。
その後に続く悠眞は、兄と共にパーティー会場に入ると、髪を掻き上げることで、鷹翔グループの御曹司として振る舞うべく気持ちを切り替える。
するとすぐに、顔見知りに声をかけられた。
立ち止まりそのまま言葉を交わしていると、他の人も会話に参加してきて、あっという間に談笑の輪ができていく。
兄の言葉を鵜呑みにするつもりはないが、こういう時、確かに悠眞に人を引き付ける才能というものがあるのかもしれないと感じさせられる。
パイロットとして働いている時も、どれだけ無愛想に振る舞っても、女性に言い寄られていたのはそのせいだったのかもしれない。
(だけど、それがなんになる?)
悠眞としては、玲奈に拒絶されるのであれば、兄が言う『人たらしの才能』なんてものに、なんの意味もない。
地位や才能といった他人が羨むもの全て引き換えにすれば、玲奈と共に生きる時間を返してくれると言われたら、悠眞は迷わずその全てを差し出すだろう。
その交渉の相手が、神でも悪魔でも構わない。
本気でそう思うほどに、悠眞にとって玲奈のいない人生は、耐え難いものなのだ。
だからこそ、昼間見せた彼女の拒絶が、悠眞を苦しめる。
それでも自分に任された役目を果たすべく、談笑に参加していた悠眞は、会話が一息ついたタイミングで、飲み物を取りに行こうと座を離れた。
そのままバーカウンターを目指して歩いていた悠眞は、数人の男性に囲まれて、機嫌良く話す女性の姿に足を止めた。
カールさせた長く艶のある髪をハーフアップにして、なかなかに際どい切り込みが入ったタイトなドレスを着る女性の顔に見覚えがあったからだ。
(白石瑠依奈……?)
玲奈に出会ったことで、結局兄に代役を頼まれた結婚式には出席しなかった。
もとから気乗りしない式だったとはいえ誠弥の代役だったので、大人の対応として、後から急な欠席を詫びる手紙と祝いの品は送らせてもらった。
そのお返しの品と共に、あの日の新郎新婦の写真が添えられていたので、なんとなくではあるがその両方の顔は覚えている。
あの日、玲奈から花婿を奪ってまで結婚した瑠依奈は、数人の男性に囲まれ艶やかな笑みを浮かべているが、その一団の中に夫とおぼしき顔は見当たらない。
もちろん結婚しても異性と話すことぐらい誰にでもあることだ。だけど、瑠依奈の醸し出す雰囲気や誘うような眼差しを見れば、彼女が相手にそれ以上の関係を望んでいるのだとわかる。
(彼女なら、玲奈の近況を知っているだろうか?)
これまでの玲奈の話からして、ふたりが親しい間柄とは思えないが、それでも親戚なのだからなにか話を聞けるかもしれない。
そう思った悠眞は、自分から瑠依奈に声をかけにいくことにした。
「失礼、早瀬晃さんの奥さんですよね?」
「はぁ? 違いますけどっ!」
悠眞が背後から声をかけると、瑠依奈があからさまに不機嫌な顔で振り返る。でも次の瞬間、悠眞の顔を見て、表情を取り繕う。
「あ、やだ、すみません。昨年、離婚したものですから。……あの人のお知り合いでしょうか?」
急に愛想よく話し出す瑠依奈は、悠眞にまで、取り巻きの男性陣に向けていたのと同種の眼差しを向けてくる。
(なるほど。彼女が離婚していたことを知らなかった)
それなら他の男性とどういった関係を築こうが彼女の自由だが、こちらにそういった眼差しを向けてくるのは迷惑でしかない。
「長く日本を離れていたものですから、そうとは知らず失礼いたしました。……私はこういう者で、早瀬晃氏に結婚式の招待状をいただいており」
瑠依奈が、悠眞と玲奈の関係をどこまで理解しているのかわからないので、とりあえずそう切り出して、名刺を手渡しつつ急用のため式に参加できなかったことを詫びようと思い声をかけたのだと説明した。
名刺に書かれている悠眞の肩書きを確認して、相手の口角がわずかに上がる。
「あら、そうだったんですね。式に参加していただけなかったのは残念ですけど、こうやってお会いできて光栄です」
そう話す彼女の目は、獲物を狙う猫といった感じだ。
女性からこういった眼差しを向けられることに慣れている悠眞としては、迷惑でしかないのだが、今はその感情を押し殺して話しを続ける。
「実は、ご親戚の玲奈さんとも面識があったのですが、彼女は最近どうされていますか?」
久しぶりの帰国で、面識のある人の近況を知りたいといった感じで悠眞が話を振ると、瑠依奈の顔に嘲りの色が浮かぶ。
「あら、玲奈とも知り合いでしたの? じゃあ、あの子が男に騙して捨てられて、数年前に未婚の母になったのはご存知?」
「はっ?」
思いもしなかった情報に、悠眞は素っ頓狂な声をあげる。
そんな悠眞の反応をどう受け止めたのか、彼女は、玲奈は大失恋のショックを癒やすために男遊びを繰り返した末に未婚の母となり、男にも両親にも見捨てられて失踪したのだと、嬉々として語った。
もちろん悠眞が瑠依奈の話を真に受けるわけがない。
彼女の言う〝数年前の大失恋〟というのは、早瀬晃との縁談のことだろう。
玲奈は彼との破談を喜んでいたくらいなのだから、失恋のショックなどありえないし、彼女はその後、悠眞と暮らしていたのだ。
そもそも玲奈の性格からして、男遊びなどするわけがない。
「彼女が妊娠って、時期は?」
混乱する思考をどうにか宥めて、悠眞は瑠依奈に聞く。
瑠依奈は、悠眞との会話を楽しむように顎に指をあててしばし考え込む。
「あれは、私が離婚のために弁護士を雇った時期だから……三年ほど前だったと思うわ」
その答えに、悠眞は視界が揺れるような衝撃を受けた。
「だとしたら、その子の父親は……」
悠眞で間違いない。
「両親にどれだけ詰問されても、父親の名前を明かさなかったらしいわ。でもそれって、誰が父親かわからないってことよね。本当にみっとも……キャッ」
勝手な推測を並べて、玲奈を侮辱する瑠依奈の腕を悠眞は思わず掴んでいた。
そのことに瑠依奈が驚くが、構うことなく質問を投げかける。
「それで、彼女は今どこにいる?」
悠眞の切羽詰まった表情に、察するものがあったのだろう。
瑠依奈がニヤリと笑う。
「さあ? でも親戚ですから、調べればわかると思います。もしわかったらお知らせしてもよろしいんですけど……失礼ですが鷹條さんは?」
瑠依奈はそう言って、悠眞の左手薬指に視線を向ける。
「指輪はしているが、俺は独身だ」
既婚者だから玲奈に会わせられないと言われては、もともこもない。
普段は女性除けのためにも、既婚者ということにしている悠眞だが、玲奈に話がどう伝わるかわからないので正直に告げることにした。
すると瑠依奈が、一段と嬉しそうにする。
「そう。それなら鷹條さんの連絡先を教えていただいてもよろしいかしら? それと玲奈についてお話したいこともあるので、この後お時間をいただけますか?」
玲奈の手がかりが彼女しかないのだから、仕方ない。
悠眞は苦々しい感情を押し殺して、瑠依奈の提案を受けいれた。