蒼穹の覇者は、激愛で契約妻と秘密の我が子を逃がさない
◇◇◇
土曜日、展示会場を訪れていた悠眞は、会場の盛況ぶりに少々驚いていた。
兄からの事前情報では、各地の特産物やアクティビティなどの紹介する程度の地味なものを想像していたのだが、各地の特産物を販売するブースもあり、大規模な物産展といった感じだ。
「悠眞さん、なにか気になるものはありましたか?」
人混みに目をやっていた悠眞は、声をかけられて隣に立つ女性を見た。
部下である宮木は、答えを催促するように、悠眞の腕に自分の手を触れさせる。
「なんでもない」
人混みの中に玲奈がいないかと考えて、ぼんやりしていたとは言えない。
「そんなことより、宮木君まで、同行する必要はなかったんだが」
悠眞は、さりげなく相手の手を払いながら言う。
今日は休日ということもあり、悠眞はひとりで会場を訪れた。だが来てみると、遊びにきていたという宮木が、当然のように合流してきた。
「私は、ただ遊びに来ただけですから」
プライベートと言われてしまうと、それまでだ。悠眞としてはなにも言い返せない。
それならそれで、別行動をしてくれればいいのだが、宮木は先に来て一通り見たからと、悠眞の案内をすると言って譲らない。
公私をわけたい悠眞としては、なんともいえない気分になる。
ついでに言うと、彼女は、悠眞を名字ではなく下の名前で呼ぶことが多いのも、周囲の誤解を招きそうなのでやめてもらいたい。
ただ鷹翔グループの社長や専務の他、数名の親族が系列企業に籍を置いており、混乱すると言われれば納得するしかない。だがそのせいで、時々、宮木が悠眞の妻と誤解する人がいるので困っている。
その時、横から「一ついかがですか?」と、声がした。
見ると牛タンの販売ブースの人が、こちらに試食品を差し出している。
たまたま足を止めただけだが、興味があると思われたらしい。
「ありがとう」
せっかくなのでそれを受け取り、試食をしたついでに情報収集をする。
そして他のブースも見て回ろうとした時、雑踏に紛れて懐かしい声が聞こえた気がして足を止めた。
(まさか……)
そうは思うのだけど、自分が玲奈の声を聞き間違えるはずがない。
「悠眞さん?」
隣にいた宮木が声をかけてくるが、それは悠眞の耳をすり抜けていく。
周囲は雑多な賑やかさに溢れているけど、それでも彼女の声だけが特別な周波数を持っているかのように悠眞の耳に届く。
(これは、運命なのか?)
もし神様のような存在がいるのであれば、日本に滞在中に玲奈に引き合わせてほしいと心の中で祈り続けていた。
でもまさか、本当に彼女に巡り逢えるとは……。
運命の糸をたぐり寄せるように、人混みをぬって駆けていく。
(きっと獣の帰巣本能というのは、こういうものなのだろう)
自分の帰るべき場所が、本能に刻まれているような気分だ。
本能にせかされるように玲奈の声のする方へと駆けていった悠眞は、出口付近で恋い焦がれていた人の姿を見付けて息を呑んだ。
悠眞の視線の先には、旅行客を思われる女性と話す玲奈の姿がある。
一緒に暮らしていた頃は長かった髪はショートボブになっていて、以前より日焼けした肌は健康的な印象を受ける。
でも優しく微笑む表情は、以前となにも変わらない。
どうして彼女がこの場所にいるのか、今どんな暮らしをしているのか、恋人がいるのか、玲奈にききたいことはたくさんある。
とにかく彼女と話がしたい。
呼吸を整え、玲奈に話かけようとした悠眞の腕を背後から伸びてきた手が掴む。
突然走り出した悠眞を追いかけてきた宮木だ。
「悠眞さんどうかしましたか?」
そう問い掛けられても、今は答える余裕がない。
悠眞はその問いには答えずに、彼女の名前を呼ぶ。
「玲奈」
ちょうど女性との会話が終わったタイミングで名前を呼ばれた玲奈が、こちらに視線を向ける。
そして視線の先に悠眞を見つけるなり、驚愕の表情を見せて踵を返す。
「……玲奈っ」
彼女が自分にそんな表情を見せると思ってなかった悠眞は、そのことに驚き、自分に背を向けて駆け出す彼女の背中をすぐには追い掛けられなかった。
「玲奈、待ってくれ」
一瞬遅れて駆け出そうとした悠眞の腕に、宮木がしがみつく。
「悠眞さん、行かないでください」
「なにを……?」
悠眞の腕にしがみついたまま、宮木はこちらを見上げて言う。
「あの人、玲奈さんですよね?」
「なぜ君がそれを?」
「悠眞さんのデスクの引き出しに、写真が入れてあるのを偶然目にしたことがあります」
悠眞は、オフィスのデスクの引き出しに、玲奈とふたりで旅行した時の記念写真を入れてある。
滋賀旅行をした時に、泊まったホテルのスタッフが、ホテルのカメラで撮ってくれたものだ。
スマホの中には玲奈の写真が保存されているが、ふたり並んで撮ったものは、それしかない。
幸せだった頃のふたりの写真は、いつか彼女を迎えに行きたいと願う悠眞の原動力になっている。そのため、激務に疲弊すると、それを取り出して眺めていた。
そうでなくても、悠眞のこの反応を見れば、彼女が誰かはわかるだろう。
「一方的に悠眞さんを捨てた人を追いかけるなんて、間違っています。悠眞さんほどの人が、そんな惨めなことしないでください」
悠眞の社会的立場を考えてのことか、宮木が真剣な表情で訴えてくる。だけど悠眞は、肘を後ろに引くことで彼女の手を払いのけた。
「玲奈のいない人生を歩む以上に、惨めなものなどない」
冷たく言い放ち、悠眞は玲奈を追いかけた。
不慣れな会場を走り周り、玲奈を見つけたのは、会場の外だった。
「玲奈」
ちょうどタクシーに乗り込もうとしていた彼女を呼び止めると、玲奈がこちらを見た。
でもすぐに悠眞から視線を逸らして、そのままタクシーに乗り込んで走り去っていく。
そこまでされれば、悠眞も彼女が自分を拒絶しているとわかる。
その事実に強い絶望を覚えつつ、走り去るタクシーを見送った。
遅れて追いついた宮木がなにか言おうとしたが、とても話す気にはなれない。
「悪いが、休暇中は別行動を取ってくれ」
それだけ言って、悠眞は彼女の前から立ち去った。
土曜日、展示会場を訪れていた悠眞は、会場の盛況ぶりに少々驚いていた。
兄からの事前情報では、各地の特産物やアクティビティなどの紹介する程度の地味なものを想像していたのだが、各地の特産物を販売するブースもあり、大規模な物産展といった感じだ。
「悠眞さん、なにか気になるものはありましたか?」
人混みに目をやっていた悠眞は、声をかけられて隣に立つ女性を見た。
部下である宮木は、答えを催促するように、悠眞の腕に自分の手を触れさせる。
「なんでもない」
人混みの中に玲奈がいないかと考えて、ぼんやりしていたとは言えない。
「そんなことより、宮木君まで、同行する必要はなかったんだが」
悠眞は、さりげなく相手の手を払いながら言う。
今日は休日ということもあり、悠眞はひとりで会場を訪れた。だが来てみると、遊びにきていたという宮木が、当然のように合流してきた。
「私は、ただ遊びに来ただけですから」
プライベートと言われてしまうと、それまでだ。悠眞としてはなにも言い返せない。
それならそれで、別行動をしてくれればいいのだが、宮木は先に来て一通り見たからと、悠眞の案内をすると言って譲らない。
公私をわけたい悠眞としては、なんともいえない気分になる。
ついでに言うと、彼女は、悠眞を名字ではなく下の名前で呼ぶことが多いのも、周囲の誤解を招きそうなのでやめてもらいたい。
ただ鷹翔グループの社長や専務の他、数名の親族が系列企業に籍を置いており、混乱すると言われれば納得するしかない。だがそのせいで、時々、宮木が悠眞の妻と誤解する人がいるので困っている。
その時、横から「一ついかがですか?」と、声がした。
見ると牛タンの販売ブースの人が、こちらに試食品を差し出している。
たまたま足を止めただけだが、興味があると思われたらしい。
「ありがとう」
せっかくなのでそれを受け取り、試食をしたついでに情報収集をする。
そして他のブースも見て回ろうとした時、雑踏に紛れて懐かしい声が聞こえた気がして足を止めた。
(まさか……)
そうは思うのだけど、自分が玲奈の声を聞き間違えるはずがない。
「悠眞さん?」
隣にいた宮木が声をかけてくるが、それは悠眞の耳をすり抜けていく。
周囲は雑多な賑やかさに溢れているけど、それでも彼女の声だけが特別な周波数を持っているかのように悠眞の耳に届く。
(これは、運命なのか?)
もし神様のような存在がいるのであれば、日本に滞在中に玲奈に引き合わせてほしいと心の中で祈り続けていた。
でもまさか、本当に彼女に巡り逢えるとは……。
運命の糸をたぐり寄せるように、人混みをぬって駆けていく。
(きっと獣の帰巣本能というのは、こういうものなのだろう)
自分の帰るべき場所が、本能に刻まれているような気分だ。
本能にせかされるように玲奈の声のする方へと駆けていった悠眞は、出口付近で恋い焦がれていた人の姿を見付けて息を呑んだ。
悠眞の視線の先には、旅行客を思われる女性と話す玲奈の姿がある。
一緒に暮らしていた頃は長かった髪はショートボブになっていて、以前より日焼けした肌は健康的な印象を受ける。
でも優しく微笑む表情は、以前となにも変わらない。
どうして彼女がこの場所にいるのか、今どんな暮らしをしているのか、恋人がいるのか、玲奈にききたいことはたくさんある。
とにかく彼女と話がしたい。
呼吸を整え、玲奈に話かけようとした悠眞の腕を背後から伸びてきた手が掴む。
突然走り出した悠眞を追いかけてきた宮木だ。
「悠眞さんどうかしましたか?」
そう問い掛けられても、今は答える余裕がない。
悠眞はその問いには答えずに、彼女の名前を呼ぶ。
「玲奈」
ちょうど女性との会話が終わったタイミングで名前を呼ばれた玲奈が、こちらに視線を向ける。
そして視線の先に悠眞を見つけるなり、驚愕の表情を見せて踵を返す。
「……玲奈っ」
彼女が自分にそんな表情を見せると思ってなかった悠眞は、そのことに驚き、自分に背を向けて駆け出す彼女の背中をすぐには追い掛けられなかった。
「玲奈、待ってくれ」
一瞬遅れて駆け出そうとした悠眞の腕に、宮木がしがみつく。
「悠眞さん、行かないでください」
「なにを……?」
悠眞の腕にしがみついたまま、宮木はこちらを見上げて言う。
「あの人、玲奈さんですよね?」
「なぜ君がそれを?」
「悠眞さんのデスクの引き出しに、写真が入れてあるのを偶然目にしたことがあります」
悠眞は、オフィスのデスクの引き出しに、玲奈とふたりで旅行した時の記念写真を入れてある。
滋賀旅行をした時に、泊まったホテルのスタッフが、ホテルのカメラで撮ってくれたものだ。
スマホの中には玲奈の写真が保存されているが、ふたり並んで撮ったものは、それしかない。
幸せだった頃のふたりの写真は、いつか彼女を迎えに行きたいと願う悠眞の原動力になっている。そのため、激務に疲弊すると、それを取り出して眺めていた。
そうでなくても、悠眞のこの反応を見れば、彼女が誰かはわかるだろう。
「一方的に悠眞さんを捨てた人を追いかけるなんて、間違っています。悠眞さんほどの人が、そんな惨めなことしないでください」
悠眞の社会的立場を考えてのことか、宮木が真剣な表情で訴えてくる。だけど悠眞は、肘を後ろに引くことで彼女の手を払いのけた。
「玲奈のいない人生を歩む以上に、惨めなものなどない」
冷たく言い放ち、悠眞は玲奈を追いかけた。
不慣れな会場を走り周り、玲奈を見つけたのは、会場の外だった。
「玲奈」
ちょうどタクシーに乗り込もうとしていた彼女を呼び止めると、玲奈がこちらを見た。
でもすぐに悠眞から視線を逸らして、そのままタクシーに乗り込んで走り去っていく。
そこまでされれば、悠眞も彼女が自分を拒絶しているとわかる。
その事実に強い絶望を覚えつつ、走り去るタクシーを見送った。
遅れて追いついた宮木がなにか言おうとしたが、とても話す気にはなれない。
「悪いが、休暇中は別行動を取ってくれ」
それだけ言って、悠眞は彼女の前から立ち去った。