蒼穹の覇者は、激愛で契約妻と秘密の我が子を逃がさない
◇◇◇
「社長は、白石商事のご令嬢と交際されるおつもりですか?」
金曜日、鷹翔グループの会議室を借りて書類を読み込んでいた悠眞は、部下である宮木の言葉に視線を上げた。
見ると、宮木はかなり思い詰めた表情を浮かべている。
「なにを言っている」
そんなことあるはずがない。――視線でそう訴える悠眞に、宮木は「ですが……」と、なおも食い下がる。
「この一週間、彼女に会うために無理やりスケジュールを調整して、ネットでは〝蒼穹の覇者と白石商事のご令嬢が親密交際〟なんて
情報が行き交っているそうです。情報発信しているのは、おそらく白石商事のご令嬢本人でしょうけど」
「ああ……」
尖った宮木の声に、悠眞は、この一週間のことを思い出す。
先週の金曜日に帰国した悠眞は、誠弥に頼まれて訪れた展示会で、玲奈に再会した。
三年ぶりの再会で、悠眞には玲奈に伝えたい想いがたくさんあった。だけど彼女は、悠眞の顔を見るなり話しかける余裕を与えずその場を去った。
玲奈の明白な拒絶に衝撃を受けた悠眞だが、その夜に出席したパーティーで更なる衝撃を受けたのだ。
玲奈の近況を知りたくて声をかけた瑠依奈に、彼女が親に勘当されて行方知れずになっているうえに、未婚のまま子供を産んだと聞かされた。
妊娠の時期を考えれば、玲奈の子供の父親は間違いなく悠眞だ。
玲奈がどうしてそのことを告げずに、悠眞の前から姿を消してしまったのかはわからないが、そんな話を聞かされて冷静でいられるはずがない。
とにかく玲奈に会って、話しを聞きたい。その焦りから、その手がかりを得るために瑠依奈と連絡先を交換したのだった。
すると瑠依奈から毎日のように呼び出され、デートの真似事のようなことをさせられている。
普段の悠眞なら、もちろんそんな呼び出しには応じない。
だけど玲奈の居場所がわかったようなことをほのめかされれば、むげにはできず、忙しい時間をやりくりして彼女と毎日のように会っている。
しかしいざ会ってみると、玲奈の情報などなく、瑠依奈はあからさまな好意を示してくるだけなので煩わしい。
もちろん悠眞がそんな誘いになびくようなことはないし、彼女にいいように踊らされるつもりもない。
本人はうまくはぐらかしているつもりなのだろうけど、悠眞が興味を示すと、瑠依奈は会話の主導権を自分が握っているという高揚感からか多弁になり、うかつに知っていることを口にすることがある。
結果、玲奈は男女の双子を出産していることだけはわかった。
そしてそれと共に瑠依奈の話し相手をすることで、悠眞は、自分の前から姿を消した玲奈の身に起きたことをある程度推測することができた。
そうなれば、玲奈のためにすべきことも見えてくる。
だから今は必要な調べごとをしつつ、瑠依奈が口を滑らせて玲奈の居場所に繋がる情報を漏らすのを待っているところだ。
「これも、玲奈さんのためですか?」
宮木が聞く。
悠眞は首の動きでそうだと告げる。
すると、宮木は苦い表情を見せた。
あの日、玲奈を追いかけようとした悠眞を、宮木はそんな惨めなことをしてほしくないと引き止めてきた。
悠眞の補佐役である彼女の立場からすれば、ば当然のことだ。
だから悠眞はあの時の発言をどうとも思っていないのだが、宮木の方は違ったらしく、あの日を境に彼女とは微妙な距離感が生じている。
まだなにか意見したいことがあるのかと思い次の言葉を待っていると、宮木はポケットから名刺サイズの紙片を取りだしデスクに置く。
「これは?」
悠眞の質問には答えず、宮木は無言で紙片をこちらへと滑らせる。
わけがわからないままそれを裏返すと、そこには静岡県にあるペンションの名前とその連絡先が記載されていた。
バウムクローネという名前に、悠眞はハッとする。
それは玲奈の遠縁の女性が営むペンションの名前だ。先日、玲奈と再会してすぐに、もしかしてと思い電話をしたが、電話口に出た遠縁の女性には、自分も彼女の行方を知らず探していると言われた。
「そこに玲奈さんがいます」
「えっ!」
驚く悠眞と視線を合わせることなく、宮木が言う。
「あの日、社長が気付くより前から、私は玲奈さんの存在に気付いていたんです。それで、本当は社長が彼女の存在に気付かないよう誘導してその場をやり過ごそうとしていたんです」
そう言われれば、あの日、宮木は悠眞が訪れるより前から会場にいて、偶然顔を合わせたのだから一緒に回ろうと提案してきた。
それ自体はそれほど不自然なことではないので、深く考えることなく一緒に回っていたが、思えばあの時、宮木は悠眞にどこを見るか積極的に提案し、いつになく体を密着させていたように思う。
「なんでそんなことを……」
驚く悠眞に、宮木は視線を落として言う。
「玲奈さんが偶然にでもその姿を見れば、私のことを悠眞さんの妻だと思ってくれるんじゃないかと思ったんです」
そこまで聞けば、悠眞にだって彼女がなにを望んでいたのかわかる。
これまで宮木に、告白めいたことを言われたことはない。ただオーバーワーク気味な悠眞の働き方に忠告したり、玲奈への未練を断ち切るべきだと意見したりすることがあった。
(だがそれは、宮木君が、仕事熱心なだけだと思っていた……)
もし好意を示されたのであれば、すぐに断るとわかっていたからだろう。
だからこそ、あえて思いを伝えずにいたのだろう。
「悪いが俺は……」
「言われなくてもわかってます」
宮木は首を横に振り、悠眞の言葉を遮る。
「あんな必死の社長の顔を見れば、諦めるしかないじゃないですか。そのうえ、他の女性に振り回される社長の姿を見せられるくらいなら、もういいです」
複雑な思いをそのままに話す宮木は、あの日、悠眞が会場を訪れるまえにブースに立っていた玲奈に声をかけ、彼女が働いているペンションの名前を聞き出していたのだという。
「玲奈さんを、迎えに行ってあげてください」
宮木が言う。
その時、ノックの音が響き、誠弥が会議室に入って来た。
「どうした?」
会議室のただならぬ雰囲気を察した誠弥が言う。
「ちょうどよかった。これを」
悠眞は立ち上がり、先ほど確認していた書類を誠弥に押し付けるように渡す。
「これは?」
慌てて書類の束を受け取る誠弥は、それと悠眞とを見比べる。
「当面の事業計画と、来週の契約に向けて押さえておいてほしい譲歩をまとめた資料の一式だ。パソコンのメールにも同じものを送ってある」
そう答えて、悠眞は椅子の背に掛けていたスーツのジャケットを手に取る。
「最終確認か?」
「いや。後は全てアニキに任せた」
「はあっ?」
ジャケットに袖を通す悠眞の言葉に、誠弥は素っ頓狂な声を出す。
「どういうことだ? 俺に任せて、お前はどうする気だ?」
「玲奈を……、自分の妻を迎えに行く」
「ちょっと待て、彼女とは何年も前に別れたんじゃないのか? それにこの事業の要はお前だ。やっとここまで業績回復を果たした鷹翔グループを、ここで投げ出すなんてどうかしているだろ」
「投げ出すつもりはない」
ジャケットの襟を掴んでくる誠弥に、悠眞は毅然と言い返す。
投げ出すなんてカッコ悪いことをすれば、それこそ玲奈やその子どもたちに見せる顔がなくなる。
そう思ったからこそ、はやる気持ちを押さえて、行動を起こす前に必要な準備をしておいたのだ。
「この三年、会社の業績回復のために、やれることは全てやった。これからも、蒼穹の覇者と呼ばれるだけの働きをすと誓う。だから今だけは、俺の好きにさせてくれ」
悠眞の真剣な眼差しに、誠弥も感じるものがあったのだろう。
ジャケットの襟を掴んでいた手の力が揺るんだ。
「わかった。アニキのくせに、頼りすぎて情けないとこを見せて悪かった」
誠弥は、自分を恥じるように、軽く首を振って続ける。
「お前が優秀だからと、この三年間頼り過ぎていた。お前は夢を諦めてまで、ウチを救ってくれたのに……」
ずっと尊敬していた兄に、そう言ってもらえるのはうれしいが、それは違う。
「アニキ、俺は夢を諦めたつもりはない。ただ、守りたい家族を持つ覚悟をしたことで、叶えたい夢の種類が変わっただけだ」
玲奈と出会う前の悠眞は、環境に恵まれていたこともあり、立ち止まることもなく、子供の頃に思い描いた夢を無邪気に追いかけていた。
だけど彼女と出会い、共と過ごす日々の中で、誰かのために生きる喜びを知り、家族を守れる男でありたいと思うようになった。
だから経営難に追いやられている鷹翔グループを救いたいと思うようになり、行動に出ただけで、そこに夢を犠牲にしたという思いはない。
「そうか、そう言ってくれてありがとう。後は任せろ」
そう言ってくれた誠弥と、まだ少し泣きそうな顔をしている宮木に一礼して、悠眞は会議室を飛び出した。
「社長は、白石商事のご令嬢と交際されるおつもりですか?」
金曜日、鷹翔グループの会議室を借りて書類を読み込んでいた悠眞は、部下である宮木の言葉に視線を上げた。
見ると、宮木はかなり思い詰めた表情を浮かべている。
「なにを言っている」
そんなことあるはずがない。――視線でそう訴える悠眞に、宮木は「ですが……」と、なおも食い下がる。
「この一週間、彼女に会うために無理やりスケジュールを調整して、ネットでは〝蒼穹の覇者と白石商事のご令嬢が親密交際〟なんて
情報が行き交っているそうです。情報発信しているのは、おそらく白石商事のご令嬢本人でしょうけど」
「ああ……」
尖った宮木の声に、悠眞は、この一週間のことを思い出す。
先週の金曜日に帰国した悠眞は、誠弥に頼まれて訪れた展示会で、玲奈に再会した。
三年ぶりの再会で、悠眞には玲奈に伝えたい想いがたくさんあった。だけど彼女は、悠眞の顔を見るなり話しかける余裕を与えずその場を去った。
玲奈の明白な拒絶に衝撃を受けた悠眞だが、その夜に出席したパーティーで更なる衝撃を受けたのだ。
玲奈の近況を知りたくて声をかけた瑠依奈に、彼女が親に勘当されて行方知れずになっているうえに、未婚のまま子供を産んだと聞かされた。
妊娠の時期を考えれば、玲奈の子供の父親は間違いなく悠眞だ。
玲奈がどうしてそのことを告げずに、悠眞の前から姿を消してしまったのかはわからないが、そんな話を聞かされて冷静でいられるはずがない。
とにかく玲奈に会って、話しを聞きたい。その焦りから、その手がかりを得るために瑠依奈と連絡先を交換したのだった。
すると瑠依奈から毎日のように呼び出され、デートの真似事のようなことをさせられている。
普段の悠眞なら、もちろんそんな呼び出しには応じない。
だけど玲奈の居場所がわかったようなことをほのめかされれば、むげにはできず、忙しい時間をやりくりして彼女と毎日のように会っている。
しかしいざ会ってみると、玲奈の情報などなく、瑠依奈はあからさまな好意を示してくるだけなので煩わしい。
もちろん悠眞がそんな誘いになびくようなことはないし、彼女にいいように踊らされるつもりもない。
本人はうまくはぐらかしているつもりなのだろうけど、悠眞が興味を示すと、瑠依奈は会話の主導権を自分が握っているという高揚感からか多弁になり、うかつに知っていることを口にすることがある。
結果、玲奈は男女の双子を出産していることだけはわかった。
そしてそれと共に瑠依奈の話し相手をすることで、悠眞は、自分の前から姿を消した玲奈の身に起きたことをある程度推測することができた。
そうなれば、玲奈のためにすべきことも見えてくる。
だから今は必要な調べごとをしつつ、瑠依奈が口を滑らせて玲奈の居場所に繋がる情報を漏らすのを待っているところだ。
「これも、玲奈さんのためですか?」
宮木が聞く。
悠眞は首の動きでそうだと告げる。
すると、宮木は苦い表情を見せた。
あの日、玲奈を追いかけようとした悠眞を、宮木はそんな惨めなことをしてほしくないと引き止めてきた。
悠眞の補佐役である彼女の立場からすれば、ば当然のことだ。
だから悠眞はあの時の発言をどうとも思っていないのだが、宮木の方は違ったらしく、あの日を境に彼女とは微妙な距離感が生じている。
まだなにか意見したいことがあるのかと思い次の言葉を待っていると、宮木はポケットから名刺サイズの紙片を取りだしデスクに置く。
「これは?」
悠眞の質問には答えず、宮木は無言で紙片をこちらへと滑らせる。
わけがわからないままそれを裏返すと、そこには静岡県にあるペンションの名前とその連絡先が記載されていた。
バウムクローネという名前に、悠眞はハッとする。
それは玲奈の遠縁の女性が営むペンションの名前だ。先日、玲奈と再会してすぐに、もしかしてと思い電話をしたが、電話口に出た遠縁の女性には、自分も彼女の行方を知らず探していると言われた。
「そこに玲奈さんがいます」
「えっ!」
驚く悠眞と視線を合わせることなく、宮木が言う。
「あの日、社長が気付くより前から、私は玲奈さんの存在に気付いていたんです。それで、本当は社長が彼女の存在に気付かないよう誘導してその場をやり過ごそうとしていたんです」
そう言われれば、あの日、宮木は悠眞が訪れるより前から会場にいて、偶然顔を合わせたのだから一緒に回ろうと提案してきた。
それ自体はそれほど不自然なことではないので、深く考えることなく一緒に回っていたが、思えばあの時、宮木は悠眞にどこを見るか積極的に提案し、いつになく体を密着させていたように思う。
「なんでそんなことを……」
驚く悠眞に、宮木は視線を落として言う。
「玲奈さんが偶然にでもその姿を見れば、私のことを悠眞さんの妻だと思ってくれるんじゃないかと思ったんです」
そこまで聞けば、悠眞にだって彼女がなにを望んでいたのかわかる。
これまで宮木に、告白めいたことを言われたことはない。ただオーバーワーク気味な悠眞の働き方に忠告したり、玲奈への未練を断ち切るべきだと意見したりすることがあった。
(だがそれは、宮木君が、仕事熱心なだけだと思っていた……)
もし好意を示されたのであれば、すぐに断るとわかっていたからだろう。
だからこそ、あえて思いを伝えずにいたのだろう。
「悪いが俺は……」
「言われなくてもわかってます」
宮木は首を横に振り、悠眞の言葉を遮る。
「あんな必死の社長の顔を見れば、諦めるしかないじゃないですか。そのうえ、他の女性に振り回される社長の姿を見せられるくらいなら、もういいです」
複雑な思いをそのままに話す宮木は、あの日、悠眞が会場を訪れるまえにブースに立っていた玲奈に声をかけ、彼女が働いているペンションの名前を聞き出していたのだという。
「玲奈さんを、迎えに行ってあげてください」
宮木が言う。
その時、ノックの音が響き、誠弥が会議室に入って来た。
「どうした?」
会議室のただならぬ雰囲気を察した誠弥が言う。
「ちょうどよかった。これを」
悠眞は立ち上がり、先ほど確認していた書類を誠弥に押し付けるように渡す。
「これは?」
慌てて書類の束を受け取る誠弥は、それと悠眞とを見比べる。
「当面の事業計画と、来週の契約に向けて押さえておいてほしい譲歩をまとめた資料の一式だ。パソコンのメールにも同じものを送ってある」
そう答えて、悠眞は椅子の背に掛けていたスーツのジャケットを手に取る。
「最終確認か?」
「いや。後は全てアニキに任せた」
「はあっ?」
ジャケットに袖を通す悠眞の言葉に、誠弥は素っ頓狂な声を出す。
「どういうことだ? 俺に任せて、お前はどうする気だ?」
「玲奈を……、自分の妻を迎えに行く」
「ちょっと待て、彼女とは何年も前に別れたんじゃないのか? それにこの事業の要はお前だ。やっとここまで業績回復を果たした鷹翔グループを、ここで投げ出すなんてどうかしているだろ」
「投げ出すつもりはない」
ジャケットの襟を掴んでくる誠弥に、悠眞は毅然と言い返す。
投げ出すなんてカッコ悪いことをすれば、それこそ玲奈やその子どもたちに見せる顔がなくなる。
そう思ったからこそ、はやる気持ちを押さえて、行動を起こす前に必要な準備をしておいたのだ。
「この三年、会社の業績回復のために、やれることは全てやった。これからも、蒼穹の覇者と呼ばれるだけの働きをすと誓う。だから今だけは、俺の好きにさせてくれ」
悠眞の真剣な眼差しに、誠弥も感じるものがあったのだろう。
ジャケットの襟を掴んでいた手の力が揺るんだ。
「わかった。アニキのくせに、頼りすぎて情けないとこを見せて悪かった」
誠弥は、自分を恥じるように、軽く首を振って続ける。
「お前が優秀だからと、この三年間頼り過ぎていた。お前は夢を諦めてまで、ウチを救ってくれたのに……」
ずっと尊敬していた兄に、そう言ってもらえるのはうれしいが、それは違う。
「アニキ、俺は夢を諦めたつもりはない。ただ、守りたい家族を持つ覚悟をしたことで、叶えたい夢の種類が変わっただけだ」
玲奈と出会う前の悠眞は、環境に恵まれていたこともあり、立ち止まることもなく、子供の頃に思い描いた夢を無邪気に追いかけていた。
だけど彼女と出会い、共と過ごす日々の中で、誰かのために生きる喜びを知り、家族を守れる男でありたいと思うようになった。
だから経営難に追いやられている鷹翔グループを救いたいと思うようになり、行動に出ただけで、そこに夢を犠牲にしたという思いはない。
「そうか、そう言ってくれてありがとう。後は任せろ」
そう言ってくれた誠弥と、まだ少し泣きそうな顔をしている宮木に一礼して、悠眞は会議室を飛び出した。