蒼穹の覇者は、激愛で契約妻と秘密の我が子を逃がさない
  ◇◇◇

 双子を迎えにきた玲奈は、車を園の向かいの駐車場に止めて保育園へと向かった。
 引き続き慣らし保育の途中ではあるが、徐々に保育時間を伸ばしている最中で、今週は十五時がお迎えなのだが、仕事の都合で、双子だけ他の子供たちより早目の時刻にお迎えに来させてもらっている。
 そのため駐車場に、他に保護者の姿はない。
 いつもの手順として、まずはおとなしい優聖をチャイルドシートに座らせて、その後で鈴桜を迎えに行くことにしている。

「鈴桜を迎えに行ってくるから、ちょっとだけ待っていてね」

「あい」

 優聖のチャイルドシートのベルトを固定しながら声をかけると、優聖は右手を上げて良い子の返事をする。
 換気にマドを細く開いてドアを閉じようとした時、誰かが玲奈の肩を引いた。
 肩を引かれた勢いで振り返った玲奈は、そこに立っていた人の姿に息を呑んだ。

「瑠依奈さんっ」

 数年ぶりに顔を合わせた瑠依奈は、以前よりメイクが濃く、険しい表情をしている。
 以前の瑠依奈は、玲奈を目の敵にして粘着質な嫌がらせをしていた人ではあるが、自分の容姿の見せ方を熟知していて、見た目は華やかなで可憐なお嬢様といった雰囲気だった。
 だけど今の瑠依奈は、華やかさを残してはいるものの、どこかくたびれてすさんだ感じだ。
 突然彼女がこの場所に現れたこと以上に、その変化に驚く。

「ど、どうしたの?」

 相手の全身に視線を巡らせて驚く玲奈の言葉に、瑠依奈の顔が歪む。

「どうもこうも、全部あなたのせいじゃないっ! よくも私にあんな男を押し付けてれたわねっ! ろくに働かずに、浮気性で浪費家。そんな男と結婚や離婚したせいで、私がどれほどの笑い者にされたと思っているのよっ!」

「押し付けたって……」

 それは四年前、玲奈の縁談を横取りした件のことだろうか。
 あれは瑠依奈親子が、幸平たちへの敵対心から嫌がらせとして、玲奈の縁談を横取りしたのではないか。
 それに瑠依奈は離婚のせいで笑い者にされたというが、今の時代、そんなことを笑いのネタにするようなことはない。
 瑠依奈の離婚を周囲が口さがなく笑い話のネタにしたというのであれば、それは、玲奈の縁談を横取りしたという彼女の行為があってのことだ。
 式での嫌がらせも含めて、そこまでして結婚した相手とあっけなく離婚したからこそ、周囲は笑い話のネタにしているのだろう。
 それなのに瑠依奈は、離婚の原因までこちらにあると言いたげな口調で、玲奈をせめてくる。

「結婚も離婚も、瑠依奈さんが選択したことよ。どうしてここにいるのか知らないけど、私には関係のないことだから」

「な、なによその言い方……」

 鈴桜を迎えに行かなくてはいけないので、瑠依奈の相手をしている暇はない。

「子供の前で、これ以上話す気はないから」

 昔の玲奈なら、瑠依奈に反論するなんて考えられなかったけど、子供の母親として強くなると決めたのだから今は違う。
 鈴桜を迎えに行きたいが、瑠依奈がいるので優聖を残してもいけない。
 見ると優聖は、今にも泣き出しそうな顔をしているので、早くこの会話を終わらせたいのだが、瑠依奈の方は、それが本題と言いたげに憎々しげに言う。

「そう。その子供のことよ。どうやって取り入ったのかはしらないけど、あなた、鷹翔グループの悠眞さんを騙して子供を作ったんでしょ」

「騙したって……」

 一方的に決めつけてくる瑠依奈に呆れて、すぐには言葉が出てこない。

「騙したに決まっているわ。それで子供を使って彼の気を引こうなんて、あざとすぎるのよ」

 瑠依奈がヒステリックな声を響かせて続ける。

「そうじゃなきゃ、悠眞さんほどの人があなたのことを気にかけているわけないわ」

 瑠依奈は自分の胸に手を添えて、勝ちほこったように宣言する。
 見当違いな意見だけど、それで理解できた。

「だから、私の子供を養子に?」

 玲奈の言葉に、瑠依奈の口角が意地悪く持ち上がる。

「きっと彼は、将来のことを考えて自分の子供を取り戻しただけよ。だから私がそのお手伝いをしてあげるの」

 そう話す彼女の顔には、それを口実に悠眞に取り入るという、その先の目論見が書いてある。

「子供を、そんなことのためにっ!」

 怒りで頭の奥が痺れるのを感じた。

「それで子供だって、いい暮らしをして幸せになるんだから問題ないでしょ」

 あざけるようにい言う瑠依奈は、「あなたが私より幸せになんて、許さないんだからっ!」と、付け足す。
 おそらくそれが彼女の本音なのだ。
 瑠依奈と悠眞がどこで知り合ったのかは知らないが、彼が玲奈に執着しているのを知り、長年こじらせてきた対抗心から、玲奈から子供と悠眞を取り上げようと考えたのだろう。
 全く成長を感じなさせない瑠依奈には、呆れるしかない。

「瑠依奈さん、あなた今幸せ?」

「なにを……っ」

 玲奈の問い掛けに瑠依奈が目を剥くが、構わず続ける。

「幸せなら、わざわざ私を探して、こんなこと言い出したりしないわよね。それが答えなんじゃない?」

 瑠依奈は、豊かな家庭で大事に育てられたはず。
 それなのに大人になった今、荒んだ表情で、こんな愚かなことをしている。
 そんな彼女の様子を見れば、経済的な豊かさが幸福に直結しないのは明らかだ。

「玲奈のくせに、私のことをバカにするなんて許さないんだから」

「いじわる、ダメ」

 瑠依奈が声を荒げると、チャイルドシートに座らされている優聖が泣きながら抗議する。

「うるさい、ガキっ」

 声を荒らげる瑠依奈は、優聖に手を伸ばそうとした。

「優聖っ」

 玲奈がふたりの間に割って入ろうとしたが、それより先に横から伸びてきた手が、瑠依奈の手首を掴んだ。

「なっ……あっ、どうしてここに?」

 手首を掴まれた瑠依奈は、自分の動きの邪魔をした相手を睨んだ。そしてそれが誰であるかを理解して息を呑む。
 驚くのは玲奈も同じだ。

「悠眞さん」

 突然彼が現れたことに玲奈も驚いているけど、彼がこの土地に留まっていることさえ知らない瑠依奈の驚きは、それ以上だ。

「悠眞さん、これは、……その……玲奈から……。そうっ、玲奈から、子供のことで連絡をもらって。だから子供を連れて、悠眞さんに会いに行けば、喜んでもらえると思って……」

 瑠依奈は、玲奈と悠眞を、せわしなく見比べて苦しい言い訳を口にする。
 だけど彼が、そんな嘘に耳を傾けるわけがない。
 冷たく刺すような眼差しを向けることで瑠依奈を黙らせると、玲奈にスマホを差し出す。

「忘れ物だ。松原さんに頼まれた」

 松原は、梢の名字だ。
 それを見て、玲奈は始めて自分がスマホを忘れていたことに気付いた。

「すみません。ありがとうございます」

「鈴桜ちゃんは?」

 スマホを受け取った玲奈に、車の中を覗き込んだ悠眞が聞く。
 それで鈴桜を迎えに行かなくてはいけないことを思い出した。

「そうだ。鈴桜」

 だけど……と、瑠依奈をチラリと見る玲奈の気持ちを察して、悠眞が言う。

「俺がここで見ているよ」

「ありがとうございます」

 玲奈と悠眞の会話に、瑠依奈の「ちょっと待ちなさいよ」という金切り声が割り込んでくる。

「悠眞さん、私なんども連絡したんですよ。それなのに……。どうせ玲奈が、子供を口実に、悠眞さんの邪魔をしていたんですよね」

 勝手なことを決めつける瑠依奈に、悠眞が呆れたように息を吐く。

「君の連絡を無視したのは、君との会話に時間を使う価値がないと思ったからだ」

「な、なんですって!」

 遠慮のない悠眞の言葉に、瑠依奈が憤怒の色を浮かべる。
 そんな瑠依奈の顔を見て、悠眞がフッと薄く笑う。

「いや違うな。君に会って伝えたいことがあった」

「悠眞さん」

 不意に見せた悠眞の笑顔に表情をほころばせる玲奈は、彼の眼差しが益々冷たいものになっていることに気付かない。
 冴え冴えとした眼差しで、口元に笑みを浮かべる姿は、彼が優しい人だと知る玲奈でも薄ら寒いものを感じる。
 冷淡な笑みを浮かべる悠眞は、少し瑠依奈に顔を寄せて囁く。

「食品輸入における白石商事のカルテルの件は、公正取引委員会が動き出すぞ」

 悠眞が突然口にした言葉に、瑠依奈は表情を硬くしてヒュッと息を吸う。
 カルテルとは、本来自由競争で価格を決めるべき局面で、企業が裏で手を組んで価格を決めることだ。

「過去に指導も入っているのに、親子で懲りずにプレーヤーを気取っていたらしいが、詰めが甘いな。調べればすぐにボロが出たぞ」

(悠眞さんの言葉が事実なら、課徴金の対象になるし、場合によっては刑事事件として扱われる)

 玲奈は、社長秘書をしていた時代に培った知識を辿る。

「な、なんで……」

「君に話す義理はない。刑罰に問われるかはこの先の話だが、とりあえずは、君の一族が、今までの地位を失うことを理解すればいい」

「どうして、そんなこと?」

「これまで君たちは、俺の妻になにをしてきた?」

 それが答えだと、悠眞は眼差しで語ると玲奈へと視線を戻す。
 この先のことは玲奈に任せると言いながらも、彼にとって玲奈はずっと変わらずに妻のだ。
 そう思うと、胸が熱くなる。

「鈴桜ちゃんを、迎えに……」

 玲奈は、そう促されてハッとする。

「そうだ。えっと……三人で迎えに行きませんか?」

 保護者用の駐車場は、車道を挟んだ保育園の向かいにある。
 玲奈ひとりで双子を連れて道路を渡るのが危険なので、普段は、ひとりずつ移動させるようにしている。だけど悠眞が手伝ってくれるのであれば、優聖と三人で、鈴桜を迎えに行きたい。

「いいのか?」

 驚いた顔をする悠眞に頷いて、玲奈は優聖のチャイルドシートのベルトを外して抱きあげる。

「ママっ」

 状況に怯えていた優聖は、ベルトを外してもらうと、玲奈の首にギュッと抱きつく。でもすぐに、悠眞の方へと腕を伸ばした。

「ちゅーぱーヒーロー」

 そう言って腕を伸ばす優聖の姿に、悠眞が「えっ」と、驚きの声を漏らした。

「抱いてあげてください」

「いいのか?」

「はい。お願いします」

 玲奈はそのまま優聖を悠眞に任せた。
 悠眞が抱きあげると、優聖は彼のいている服をギュッと掴んで顔を押し付けた。

「あいがと」

 拙い優聖のお礼の言葉に、悠眞が肩を震わせた。
 そんなふたりを促して鈴桜を迎えに行く。

「悠眞さん、さっきのは?」

 道路を渡りながら、玲奈は悠眞に聞く。

「玲奈に関係のあることだから、アメリカにいる時も、白石商事の動向は意識していた。だから行政指導の件は知っていたし、食品の輸出入を手掛ける仕事に携わることで、見えてくるものもある」

 そう答える悠眞は、おそらく白石商事は物流コストの分野でも同じようなことをしているだろうと話した。
 ということはつまり、白石商事の傘下である白石運輸、ひいては、その社長である玲奈の父の幸平もなにかしらの不正に関与しているということなのだろう。
 さっき悠眞が、瑠依奈に『君の一族が……』と、話していたのは、そういうことなのだ。
 玲奈の父は虚栄心が強く、常に本家に対抗心を燃やしている人だが、その反面、白石運輸の経営は白石商事頼りだったので、間違いなく不正に荷担しているだろう。
 そうやって依存しているから、本家が望めば、玲奈から子供を取り上げてまで媚びようとするのだ。
 玲奈の父が、白石商事の不正にどれほど関与しているかは不明だが、白石の人間というだけで系列会社の社長を任されていただけの幸平が、後ろ盾を失った後も社長を続けて行くことは難しい。

「白石運輸も、しばらくは混乱することになると思う」

 悠眞がわずかに表情を曇らせる。
 それは玲奈を気遣ってのことだとわかるので、玲奈は明るい表情で答える。

「もう、関係のないことです」

 社員には迷惑をかけるかもしれないが、それでもいつまでの不正に荷担するより、何処かで膿を出し切って新体制を取った方がいい。
 そして玲奈の認識としては、あの人たちはもう家族などではないのだ。
 今の玲奈は、あの両親の娘ではなく、可愛い双子の母親なのだから。
 だから大丈夫と、玲奈は道路を渡って、家族で鈴桜を迎えに行った。
 そして帰り支度をしてお迎えを待っていた鈴桜は、悠眞に抱っこされている優聖を見て「ずりゅい」と、大騒ぎした。

「鈴桜は、ママが抱っこするから」

 そう言って玲奈が抱っこしようとしても、鈴桜の『ズルい』は止まらない。
 悠眞はそんな鈴桜の頭を撫でて、ひょいとそのまま抱きあげる。
 最近、双子を同時に抱きあげるのが大変になってきている玲奈とは違い、悠眞は、右腕に鈴桜、左腕に優聖を軽々と抱きあげてしまう。
 玲奈としては、今さらながらに彼のたくましさに驚かされる。
 ちなみに突然優聖を抱いて現れたイケメンに、保母さん立ちが騒ぐと、鈴桜が「りおのちゅーぱーヒーロなの」と、自慢していた。
 その紹介の仕方に悠眞は恥ずかしそうにしていたけど、双子に〝スーパーヒーロー〟と呼ばれるのはまんざらでもない様子だった。
 そうやって悠眞に抱っこされる双子と共に駐車場に戻ってきた時には、瑠依奈の姿は消えていた。
 その後は、悠眞が代わりに買い物に行ってくれると言うので、玲奈は子供たちを連れて先にバウムクローネに戻ることにした。
 帰りの車の中で優聖は「ちゅーぱーヒーローちゅごい」を繰り返し、それを聞いた鈴桜は事情が理解できないながらに「ちゅごい」と「ズルい」を繰り返していた。
 そしてバウムクローネに戻ると、口々に梢に悠眞の話をしていた。

「あら、じゃあふたりのスーパーヒーローを逃がさないように、ママにお願いしておかないとね」

 双子の話を聞いた梢が、玲奈を見てニマニマしてくるのは恥ずかしいのだけど、多分そうなのだろう。
 悠眞を自分たちを救ってくれるスーパーヒーローと認識した双子から、彼を取り上げるのは難しい。
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