蒼穹の覇者は、激愛で契約妻と秘密の我が子を逃がさない
 そうやって針のむしろに座らされているような挙式が終わると、同じ敷地内の宴会場に場所を移して披露宴となる。
 着物姿の玲奈は、帯を直したいからと言い訳をして、移動の流れから抜け出した。
 そしてロビーのソファーに腰を下ろして、ホッと息をつく。
 どうしても一度一人になりたいと思っての行動で、早く戻らないといけないというのは頭ではわかっているのだけれど、一度座ると、立ち上がる気力が湧いてこない。

(この先、どうなるんだろう……)

 先の見えない不安にうなだれていると、玲奈の膝の上に、薄いピンクの花びらが舞い降りら。

「桜?」

 ひらりと落ちたそれをつまみ上げて、玲奈は呟く。
 今日の玲奈は、桜をあしらった図柄の着物を着ている。ぼんやりしていたせいか、一瞬、自分の着物から花びらが浮かび上がってきたのかと思った。
 もちろん、そんなことありえない。

(室内なのにどこから……?)

 不思議に思って視線を上げようとした時、またひとひら、桜の花びらが降ってきた。
 着物の柄に重なるように膝に落ちた花びらの動きをさかのぼるようにして視線を上げると、礼服姿の男性が立っていた。
 その男性の肩や髪に、数枚の桜の花びらがついている。
 結婚式の打ち合わせをしていた頃に、ホテルの近くには水路が流れていて、護岸に沿って桜並木が続いているとブライダルスタッフが話していたのを思い出す。
 きっと彼は、そこを歩いてきたのだろう。
 そうやって突然降ってきた花びらの理由に納得がいくと、急に今が桜の盛りだということを思い出す。
 縁談が破談となって以降、そんなことさえ気付けなくなっていた。

「春ですね」

 急に自分の世界に色彩や温度が戻ってきたような気がして、つい笑ってしまう。
 相手も、玲奈が手にしている花びらを見て、「確かに」と頷く。
 そうやって言葉を交わして初めて、玲奈は目の前に立つ男性が、長身で整った顔立ちをしていることに気がついた。
 スッキリとしたフェイスラインに高い鼻梁。美しい切れ長の目をしていて人目を引くのに、凜とした人を引き付けない雰囲気がある。
 サイドを短く刈り上げて、肌がほどよく日焼けしていることもあり、アスリートと言われれば信じてしまいそうだ。

(でも礼服に着られているという感じがないので、普段からこういった服を着る職業なのかもしれない)

 社長秘書だった頃の癖でぼんやりそんなことを考えていると、相手が口を開いた。

「君も、結婚式の招待客だろうか?」

「そう、ですけど……」

 どうしてわかったのかと一瞬驚いたけど、玲奈が着物姿ということで、そう判断したのだろう。
 そしてどうやら礼服姿の彼の方も、招待客のようだ。

「フライトの都合で、俺もこちらに来るのが遅れてしまった。もし式の途中で入るのに遠慮しているなら、よかったら一緒に行かないか?」

 続く言葉で、玲奈は、彼が自分に声をかけてきた理由を理解する。
 きっと遅刻した玲奈が、ひとりで会場に入ることを躊躇っていると思ったのだろう。

(いい人だな)

 そう思うと、今回の件で疲弊しきっていた玲奈の心に暖かなものが満ちてくる。
 彼に迷惑をかけるわけにはいので、玲奈は、相手の申し出を断ることにした。
「私と一緒に入ると、あなたに迷惑をかけてしまうと思います」
 周囲が笑い者にしている玲奈と一緒に会場入りをすれば、彼にまで好奇の目が向けられてしまう。
 そうならないために、玲奈とは別々に会場入りした方がいい。

「というと?」

「新婦と私の苗字が同じで、ちょっとしたトラブルがありまして……」

 さすがに玲奈の口から詳しく説明する気にはなれないので、納得いかない様子の彼に、やんわりと告げる。
 彼が誰なのか、新郎新婦どちらの招待客なのかは知らないけど、招待状の新婦の名前が実際と異なっていることは知っているだろう。
 だから、これで説明は足りるはず。
 彼がもし本当に印刷ミスだと信じていたとしても、披露宴会場に入れば、誰かがことの真相を彼に話すだろう。
 とにかく、玲奈とは別で、会場入りしてほしい。
 ただその前にと、玲奈は立ち上がって彼と向き合う。

「どうした?」

 突然立ち上がった玲奈に相手が聞く。
 玲奈はそのまま手を伸ばして彼の肩に触れる。

「桜の花びらが、まだついてますよ」

 彼の肩についていた桜の花びらをつまみ上げた。
 それを見た男性が「ありがとう」と、照れくさそうに笑う。

「髪にもまだ」

 そう言って手を伸ばすけど、かなり身長差があるので、髪に引っかかっている花びらを取ることができない。玲奈が着物で、腕を動かしにくいというのもある。

「すみません、一度座ってもらってもいいですか?」

 玲奈が、さっきまで自分が座っていた椅子を視線で示すと、男性は素直に応じてくれた。
 それでやっと玲奈は、彼の髪に触れることができた。

(そういえば、さっきまで立ち上がる気力が残ってないと思ってたのに……)

 自分に立ち上がる気力が残っていたことに安堵して、玲奈は彼についている桜を取った。

「飛行機を利用されたということは、かなり遠方からのご出席ですか?」

 先ほど、彼は飛行機の関係で遅れたと話していた。
 それなら今日の式には、どこか遠くから駆け付けたのだろうと思ってのことだ。
 だけど相手の男性は、玲奈の質問に「都内からだ」と、答えた。

「え? でも」

「フライトの都合で遅くなったというのは、仕事でという意味だ。俺は、JTAという航空会社でパイロットをしている」

 JTAといえば、日本を代表する航空会社の社名で、玲奈も海外旅行に行く際に利用したことがある。

「そういう意味だったんですね。すごいですね」

 玲奈は心からの感動を込めて、彼を賞賛した。

「すごい? なにが? 俺は自分の夢を叶えただけだ」

 相手はぶっきらぼうに返すが、玲奈としてはそれこそすごいと思う。

「夢を叶えたってことは、夢を、夢で終わらせないための努力をしたってことですよね」

 親に逆らう方法がわからず、流されるようにしてこれまでの日々を生きてきた玲奈としては、それだけでも尊敬に値する。
 素直な思いを口にして、玲奈は彼の髪に絡んでいた花びらを取り除く。

「はい。取れました。もう行っても大丈夫ですよ」

 会場入りすれば、その場の誰かが、彼に玲奈のことを話すだろ。
 目の前のこの男性まで、玲奈のことを〝落第花嫁〟と笑いのネタにするようなことはないだろうけど、それでも今と自分に向けられる眼差しは変化してしまうのは避けられない。
 それを残念に思いながら見送ろうとしたのに、相手が花びらを見せる玲奈の手を掴んだ。

「え?」

 驚く玲奈に、彼が言う。

「お礼に、少しお茶でも飲まないか?」
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