蒼穹の覇者は、激愛で契約妻と秘密の我が子を逃がさない
  ◇◇◇

「とりあえず、少し買い物をした方がいいだろうな」

 披露宴に参加することなくホテルを後にした悠眞は、拾ったタクシーに玲奈と共に乗り込むと、運転手に最寄りのデパートに向かうよう指定する。

「買い物……ですか?」

 多分、両親に言い返したのはあれが初めてだったのだろう。こちらを見上げる玲奈の表情は硬く、青ざめている。
 彼女の眼差しが、なぜこのタイミングでと問いかけている。

「その姿では、生活しにくいだろ。悪いがオレのマンションには、女性物の日用品がなにもない」

「あっ」

 悠眞の指摘に、たった今自分の姿に気が付いたといった感じで、玲奈は胸に手当て着物を確認した。
 そしてハッとした様子で言う。

「すみません。私、お金を持っていません。スマホも、置いてきてしまって……」

 まさに着の身着のまま。
 今着ている着物以外、自分がなにも持っていないことに気付いて慌てる玲奈の姿は人間味があって、悠眞としてはなんだか面白い。

「心配するな。ビジネスとして俺の妻を務めるのだから、君が暮らすのに必要なものは俺が買いそろえる。必要経費のようなものだ」

「でも……」

 遠慮から、一瞬喰い下がろうとした玲奈だが、すぐに思いとどまる。そいて表情を明るいものに切り替えて言う。

「ありがとうございます。鷹條さんに後悔させないよう、努力します」

 さっきまでかなり萎縮していただけに、彼女から前向きな発言を引き出せたことに心が和む。

「期待している」

 悠眞はそう答えて車窓へと支線を向けた。
 正直に言えば、出会ったばかりの玲奈に結婚を提案したのは同情心といったものが強い。
 破談の経緯や、親との関係を聞けば気の毒に思うのは当然だ。
 悠眞が両親に結婚を急かされているのは事実だが、有無を言わさず結婚をせがまれているというわけではない。
 理由はさっき玲奈に話したとおりで、息子の自由な生き方を認めつつ、できれば家業である鷹翔グループの経営を手伝ってほしいという思いがあってのことなので、こちらが本気で拒めばそれまでだ。
 それでもなんとなく、両親との約束を反故にすることに後ろめたさはあった。
 そんなタイミングで玲奈と出会い、ちょうどいいと思ったのだ。
 自分でもかなり突飛な提案をしている自覚はあるが、なんとなく、玲奈となら一緒に暮らしてもいいと思えた。
 そしてそれ以上に、自分が動かなければ、見るからに箱入り娘で、親への反発を知らない彼女が困ると思ったからだ。
 本当に結婚するかは不明だが、とりあえず一年一緒に暮らしてみて、どちらかが合わないと思ったら、関係を解消すればいい。
 一年あれば、彼女も生活基盤を整えることができるだろう。
 そんなことを考えていた悠眞は、ふと気付く。

「日用品は新たに買い揃えればいいとして、スマホとか、替えのきかないもので、必要な物はどうする? 回収を頼める知り合いはいるか? 俺が代わりに取りに行ってもいいが?」

 さっきの両親の態度を見れば、玲奈に行かせる気にはなれない。

「それなら……(こずえ)さんにお願いすれば」

 少し考えてから玲奈が言う。

「梢さん?」

「母方の遠縁で、ペンションを経営しているんです。子供の頃、数回泊まりに行ったことがあるのでペンションの名前は覚えているし、サバサバして面倒見のいい人なので、事情を話せば間に入ってくれると思います」

「なるほど」

 ペンションを経営しているなら、店の電話なりホームページなりから、連絡は取れるだろう。
 玲奈が信頼できるというのであれば、悠眞が無理に間に入ったりせず、その人に任せた方がいいだろう。
 悠眞が考えを纏めていると、車外に支線を向ける玲奈が「わぁっ」と、小さく歓声を上げた。
 見ると、満開の花を咲かせた桜の大木が視界に飛びこむ。
 歩道に植えられた桜は、車道にまで枝を伸ばし、時折吹く風に花びらを散らしている。
 その眺めは、まさに日本の春といった感じだ。
 タクシーが桜の横を通りすぎると、玲奈は体を捻ってまで桜を目で追う。
 その横顔に、さっき桜の花びらを掬い上げて「春ですね」と微笑かけてきた彼女の姿を思い出す。
 春の日差しを浴びる玲奈の生き生きした横顔に、悠眞は、かなり無茶苦茶ではあったが彼女を連れ出して良かったのだと思えた。
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