Dearest My Lady

「そうかな」

「うん。だって、昔は泣き虫さんだったから。ピアノの発表会で一音だけ間違えちゃって舞台袖で泣いてたの、覚えてるかな?」

「ああ……あれね。覚えてるよ。すごい恥ずかしい」

照れを隠すように頬をかく央の仕草に、紬は思い出を懐かしむような笑みを向けた。

「どうしても泣き止まないからって私が舞台裏に呼ばれて、ずっと隣で慰めたんだよね」

「だって恥ずかしかったんだよ。せっかく紬ちゃんが来てくれて、すごいって言ってほしくて頑張ったのに、普段しないようなミスしてさ」

「ええ?すごく上手だったよ?間違えたのなんて全然気づかなかったし、そもそも、小学生でショパンの幻想即興曲弾けるだけで十分すごいんだから!」

央は少し俯いて、穏やかに笑った。

「それでも、完璧じゃなきゃダメだと思ってたんだよ」

「どうして?」

「紬ちゃんにかっこいいって思ってほしかったから」

その言葉に、紬は思わず手を止めた。

ワインの赤が灯りに溶けて、テーブルの上に淡い影を落とす。胸の奥が、かすかにきゅっと鳴る。鼓動が自分のものとは思えないほど、はっきりと響いた。

「今もそうだよ」

央の目が、ゆっくりと紬を捉える。言葉は軽やかだけれど、その奥に揺るぎない真剣さが宿っていた。

「……」

< 16 / 122 >

この作品をシェア

pagetop