Dearest My Lady
「そうかな」
「うん。だって、昔は泣き虫さんだったから。ピアノの発表会で一音だけ間違えちゃって舞台袖で泣いてたの、覚えてるかな?」
「ああ……あれね。覚えてるよ。すごい恥ずかしい」
照れを隠すように頬をかく央の仕草に、紬は思い出を懐かしむような笑みを向けた。
「どうしても泣き止まないからって私が舞台裏に呼ばれて、ずっと隣で慰めたんだよね」
「だって恥ずかしかったんだよ。せっかく紬ちゃんが来てくれて、すごいって言ってほしくて頑張ったのに、普段しないようなミスしてさ」
「ええ?すごく上手だったよ?間違えたのなんて全然気づかなかったし、そもそも、小学生でショパンの幻想即興曲弾けるだけで十分すごいんだから!」
央は少し俯いて、穏やかに笑った。
「それでも、完璧じゃなきゃダメだと思ってたんだよ」
「どうして?」
「紬ちゃんにかっこいいって思ってほしかったから」
その言葉に、紬は思わず手を止めた。
ワインの赤が灯りに溶けて、テーブルの上に淡い影を落とす。胸の奥が、かすかにきゅっと鳴る。鼓動が自分のものとは思えないほど、はっきりと響いた。
「今もそうだよ」
央の目が、ゆっくりと紬を捉える。言葉は軽やかだけれど、その奥に揺るぎない真剣さが宿っていた。
「……」