Dearest My Lady
あたたかな空気の中に、ひとりだけ現実を飲み込みきれない自分がいる──そんな感覚が、胸のどこかを締めつけた。
そのとき、扉の向こうから軽い足音が響いた。庵がタバコケースを手にしたまま、何気ない様子で戻ってくる。
「そろそろ終わった?」
彼は部屋の中をぐるりと見渡す。室内を一瞥したあと、どこか他人行儀なその弟だけが、唯一この空気に“待った”をかけてくれるかもしれない。紬は、ほんの一瞬だけそんな期待を抱いた。
「いお……」
弟にすがるような視線を送る。けれど、彼の口から出た言葉はあまりに容赦がなかった。
「もう観念しとけって、姉さん。そいつに好かれた時点で、逃げ道なんてねえよ」
あまりに雑すぎるエールに、思わず肩の力が抜ける。最後の砦さえ、あっけなく崩れ落ちた気がした。
ふと隣を見れば、央が静かに目を細めていた。その微笑には、すべてを見通したような余裕がある。
(私……とんでもない選択をしてしまったかもしれない)
──結局、最初からこの瞬間まで、すべてが彼の掌の上だったのだと、痛いほど思い知らされた瞬間だった。