Dearest My Lady

天井まで届くガラス窓の向こうに、都市の夜景がゆるやかな光の海となって広がっている。リビングは大型犬のももが全力で走っても余裕のある広さで、家具や照明には控えめな高級感が宿り、どこにも「仮住まい」の気配はなかった。

「……これ、本当に仮住まい…?」

思わずこぼれた声は、自分でも驚くほど呆然としていた。央は慣れた様子で進み、柔らかく笑う。

「うん。ここは準備のための場所。新しい家ができたら、そこが俺たちの家になるよ」

“俺たちの家”という言葉が胸の奥にそっと落ちて、ゆっくり熱を帯びていく。

それと同時に──自分が踏み入れようとしている世界の広さと、もう後戻りできない流れをひしひしと感じていた。

紬の実家も、決して質素ではなかった。父の仕事柄、ある程度の財力も環境も備わっていて、誰が見ても“恵まれた家庭”だった。

けれどここは、その比ではない。

壁の材質に至るまで、照明の角度ひとつまでが“最適”のために選ばれている。窓の外に広がる夜景さえ、この場所に住まう者だけが手にできる“特権的な風景”として存在しているように思えた。

(なにもかもが、別の世界……)

その感覚を突きつけられるほど、足もとがふと心許なくなる。そんな中で、ももが床を駆け、紬の足にじゃれつく小さな動きだけが、現実と呼べるものをつなぎとめてくれていた。
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