Dearest My Lady
央から病院へ挨拶があって以降も、院内はいつもと同じ日常だった。
午後の診療も終盤に差しかかり、夕方の柔らかな光が窓から差し込む。スタッフは院内を動き回り、受付では常連の患者が世間話を交わしている。電子カルテの起動音が順に鳴り、診察室には穏やかなリズムが流れていた。
紬の一日は、そんな“変わらない風景”の中で回っている。
「次の患者さん、呼んでもらえる?」
「はーい」
スタッフの親しげな応対に、紬はいつもと同じ微笑みを返す。そしてこのあとのことも、日常のやり取りは相変わらずだ。
「先生、もしよかったらこの後──」
「遠慮します」
診察中は指輪をつけられないため、婚約の事実は何の影響も持たない。紬はいつも通り冷静に線を引き、淡々と診察を進める。
「診察を続けますね。ケージの中で震えているのは、ここ数日急に暑くなった気温の変化で体調を崩しているせいだと思います」
事務的な口調に変わった瞬間、相手は「あ、はい……」と気まずそうに引き下がり、診察室には再び落ち着いた空気が戻る。
(……ほんと、なにも変わらないな)
夕方の静かな時間帯の中、最後の患者を送り出して紬はふとため息をつく。窓の外には街灯が灯り始め、診療が終われば家路につく人々の気配が街を包む。
紬もまた診察室の片付けを終え、鞄を手に取った。