Dearest My Lady

「お疲れ様でした。お先に失礼します」

病院を出ると、ふわりと暖かな空気が頬に触れた。春の名残りをわずかに残しながらも、夕方の風には初夏特有の湿り気が混ざり始めている。歩道に伸びる街路樹の影は細長く、若葉は西日を受けて透けるように揺れていた。

アスファルトには昼間の熱がまだほんのり残っていて、そこを渡ってきた風が淡い草の匂いを運んでくる。どこかで咲き始めた花の香りが混ざり、季節がゆっくりと次の段階に移っていくのを感じさせた。

「……」

紬はバッグのストラップを握り直しながら、少し早歩きでホテルへ向かう。ホテルのエントランスに着くころには、風はすっかり茜色をまとっていた。

自動ドアが開くと、外とは違うひんやりとした空気が迎えてくれる。

央からもらったカードキーでプライベート専用エリアへ足を踏み入れエレベーターホールに着くと、柔らかな照明が壁を包み込み、いつもの落ち着いた香りが鼻をくすぐった。

すると目の前で、中央に立つ人物が視界に入った。

「……っ」

思わず息を飲む紬を見つけた央は、ふっと顔を上げた。

「おかえり、紬ちゃん」
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