Dearest My Lady
休職後、初めて迎えた朝。紬は洗面台の前でいつもと同じ時間に、いつもと同じようにメイクを進めていた。
(仕事にも行かないで……私、何してるんだろう)
手の動きはゆっくりで、ふとした瞬間に胸の奥がずきりと痛む。目元のクマを隠そうと取ったコンシーラーでさえ、妙に重く感じられた。
そのとき、玄関のドアが開く音がした。ももの散歩に出ていた央が「ただいま」と帰宅し、足を拭くよう声をかける気配が伝わってきた。
ももがリビングへ駆けていく元気な足音のあと、央が洗面所の前まで来て、そっと顔をのぞかせる。
「ただいま、紬ちゃん。近くのベーカリーで、紬ちゃんの好きなメロンパン買ってきたよ。コーヒー淹れるから、いっしょに食べよう」
差し出された紙袋から、焼きたてのパンの香りがふわりと広がった。央の笑顔はいつも通り優しくて、あたたかくて……その顔を見るだけで、張りつめた胸の奥が少しほどけていく。
ほんの少し、救われるような安堵が広がった。けれどその裏側で、同じくらいの不安が静かにざわつく。
自分のせいで央まで悪く言われているはずなのに、そんな素振りを少しも見せない彼を前にすると、どんな態度で、どう気持ちを向ければいいのかわからなくなる。
「……ありがとう。美味しそうだね」
だから結局、笑顔で取り繕うしか出来なかった。けれど、自分の中にひび割れが広がっていく気配を、紬はごまかしきれなかった。