Dearest My Lady
「……ももちゃん?」
紬が瞬きをした、その数秒後だった。玄関のカードキーが解錠される電子音が、静かな室内に鋭く響く。
「紬ちゃん!」
耳に飛び込んできたのは央の声。仕事から戻るにはあまりに早い。驚いて顔を上げると、央は靴も脱ぎきらない勢いでリビングへ入ってきた。
「紬ちゃん、休職したって……病院の院長から聞いたよ」
「……っ」
胸が跳ね、声が出ない。ただ息が詰まって、紬はその場で固まった。言葉を探す間もなく央は紬の前に膝をつき、近すぎるほどの距離で、その瞳にわずかな寂しさを滲ませ見上げてくる。
「どうして、言ってくれなかったの……?」
責める色はどこにもない。けれど、心配を押し殺したように震えるその声が、紬の胸をぎゅっと締めつけた。
「ど、どうして……こんな時間に?なっちゃん、お仕事は……?」
絞り出すような問いかけに、央は息を整えながらまっすぐ紬を見つめる。
「調整した。紬ちゃんがどうしても心配で……君の病院に、迷惑かけたことを謝りに行ったんだ。……そこで、休職したって聞いた」
「……っ、そんな……」
言葉が落ちきる前に、罪悪感が一気に押し寄せた。視界がぐらりと揺れ、空気が喉で止まった。
「紬ちゃん……」
──央の大事な仕事まで乱してしまった。また、自分のせいで、彼に迷惑をかけてしまった。
その事実を突きつけられた瞬間、胸の奥で張りつめていた糸が、音もなく切れた。