Dearest My Lady
央がこちらを見下ろし、ふっと距離を縮める。ほんのわずかな場所まで顔が近づき、息の温度すら感じる。
「……紬ちゃんは、俺の奥さんになる人なのに」
耳元をかすめた低い囁きが、熱を含んだまま肌の内側へゆっくりと染み込んでいく。その余韻に触れ、心臓はどうしようもなく暴れだした。
「な、なっちゃ……」
「……ね、ちょっとだけ。次にエレベーターが開くまで、恋人に戻ってもいい?」
とまどう声とは裏腹に、目は央を捉えて離れない。
伏し目がちで、控えめで、なのに甘え方は反則級で——そんな央を前に、紬は頷く以外の選択肢を持てなかった。
「……ちょっとだけ、なら……」
その答えを聞いた途端、央の表情がふわりとほどける。嬉しさがそのまま紬に零れ落ちるように、柔らかい笑みになった。
央はそっと紬の手を取り、ためらいなく指を絡めてぎゅ、と軽く力を込める。
ほんの数十秒なのに、胸が苦しくなるほど鼓動が跳ねて、息を吸うのもやっとだった。そんな息苦しさを抱えたまま立ち尽くしていると、エレベーターがかすかに揺れ、到着の電子音が落ちた。
「……残念。もう開いちゃうね」
央は名残惜しそうに微笑み、そっと紬の手を離す。扉が開くと自然に距離を取り、仕事モードの表情をわずかに装いながら歩き出した。
向かう先のロビーは昼下がりの静けさに包まれ、ガラス越しの光が床を淡く照らしている。人の目はあるはずなのに、並んで歩くたびに、さっきまでの熱だけが体の内側に静かに残り続けていた。
そして受付カウンターが見えてくるあたりで央が歩みを緩め、その場で足を止めた。