Dearest My Lady
「今日は本当にありがとう、紬ちゃん。これからよろしくね」
その声音に、胸の奥に柔らかなあたたかさが広がる。紬は微笑んで、小さく頷いた。
「うん。大変なことも多いと思うけど……なっちゃんが一緒なら私、頑張れるよ」
その一言が届いた瞬間、央のまつげがわずかに揺れ、目がぱちりと開く。意外を含んだような表情から、すぐに困ったような優しい眉へと変わっていった。
「別れ際にそれ言うの、ずるくない?」
「え?」
思わず立ち止まると、央がほんの一歩だけ近づいた。触れはしない距離。でも、距離が近いだけで呼吸が揺れる。
「……また今夜、さっきの続きさせてね」
声は低く、紬だけに届く音量で甘く落とされる。
「……っ」
(もう、限界……!)
紬の反応を楽しむようにふわりと笑うと、央は受付に歩み寄り、配車を依頼する。
「彼女を自宅までお願いします」
声をかけ終えると、央は少しだけ申し訳なさそうに紬へ向き直る。
「本当は俺が送っていきたいんだけど、このあと別の会議があってもう行かなきゃなんだ。気をつけて帰ってね」
しっとりとした声でそう告げると、「またね」と軽く手を振ってエレベーターに向かっていく。扉が閉まる直前まで、央の視線は紬だけを追っていた。
エントランスの待合スペースで手を胸に押し当てながら、紬はそっと視線を落とす。
送迎車が来るまで、ほんの数分——それだけの時間ですら、央の言葉の余韻がずっと体の奥を温め続けていた。
(早く……夜にならないかな)
こぼれそうな期待を抱えたまま、紬はこれから訪れる夜を静かに待ち焦がれていた。