妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
「だいぶ書けた?」
「そうですね。かなり伏線を張ったので、これから回収にかかる感じです。先輩はどうですか?」
「なんとか頑張ってはいるんだけど、長編って難しいね。ようやく半分書けたくらい」

 すると都築は顔を上げて、花梨をじっと見つめた。

「この間、菱川先輩がどうしてもって言うから、書きかけなんですけど読んでもらったんです」

 花梨は驚いたように目を見開いた。書き上げて推敲をするまでは誰にも見せたくない、というポリシーを持っている都築が、まさか執筆途中のものを北斗に見せたと聞き、空いた口が塞がらなくなる。

「そうしたらすごく興奮してくれて、目の前で犯人探しの推理が始まりました。それを見て、俺、すごく嬉しかったんです。思い浮かんだ文章を形にする──それだけで満足していたんですけど、誰かにそれを読んでもらいたいって欲が出てきました」

 彼がこんなに話す姿を初めて見た気がする──花梨は都築の言葉に耳を澄ませていた。

「そんなに甘い世界じゃないし、無謀なのもわかっているんです。それでも……コンテストに出してみようかなって」
「いいと思うよ。私も応援する!」
「ありがとうございます。じゃあお互いに頑張りましょう」
「うん、そうだね」

 満足げに笑った都築を見て、花梨の気持ちも高揚した。彼ならきっと何かやってのけるのではないかという期待が膨らむ。そして何より、都築をその気にさせた北斗にも感心した。

「なんか……菱川くんってやっぱりすごいね……」
「まぁあれだけのプレッシャーの中で生きてますからね。説得力もありますよ」

 それは彼が北斗と同じ特進クラスに籍を置いているからこその言葉に思えた。都築にはその境遇がわかるのだろう。

「特進クラスって、やっぱり大変?」
「みんな仲良くしてても、ライバルであることに変わりはないですからね。それに菱川先輩は家が病院だから、医学部合格は絶対ですし」
「そっか……」

 聞けば聞くほど自分とは住む世界が違う人だと感じ、先ほどのキスはただの気の迷いだと思える。

 私たちはただの文芸部の仲間というだけ。期待なんてしないし、してはいけない──そう思うのに、彼の笑顔を思い出すだけで胸が締め付けられた。
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