妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
「そう……文字に対する想像は限りなく、果てしなく世界を広げてくれる、とても素晴らしいものです。でもそこに生身の人の感情が絡んでくるのであれば、想像は時に非現実となり、誰かを傷付け、傷付けられる結果を生んでしまうこともあると思うんです。だから、人は言葉を発し、話し合うことで心を通わせようと努力する。一方通行では出来ないことなんです」

 まるで自分のことのように聞こえ、花梨は瞳が熱くなっていくのを感じた。

「山之内さん、苦しい時や悲しい時、壁にぶち当たった時──決して自分の中だけで解決しようとせずに、まわりに意見を求めてくださいね。遅すぎることはありません。互いを思いやる気持ちがあれば、いつかは必ず分かり合えるはずですから」

 及川先生の言葉が花梨の心に染み込んでいく。きっと北斗とのことを何か知っているのかもしれない。もうこの優しい言葉を聞けなくなると思うと、途端に寂しくなる。

「山之内さんは目標に向かって一心に取り組めるのは素晴らしいですが、真っ直ぐすぎて殻に閉じこもりがちになってしまうのはもったいないかもしれませんね」
「あはは、確かに……親にも周りが見えていないって指摘されます」
「時々よそ見をして立ち止まってみてください。また違った景色が見えるかもしれませんよ」

 そう頷いたものの、自分にそれが出来るとは思えなかった。

「夕焼け色に染まる部室は、本当に綺麗ですねぇ」

 大好きな光景だったはずなのに、今は直視するのは難しい。彼の存在は、花梨が真っ直ぐに向き合うには大きくて眩しい人。私は影に隠れているくらいがちょうどいい。

 住む世界が違ったんだ──自分に言い聞かせれば、心の傷が浅くなる気がした。
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