妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
 花梨は顔を上げると、すぐに椅子から立ち上がり、にこやかな笑顔を浮かべてこちらに向かって歩いてくる女性に頭を下げた。

 白いナース服を着た四十代くらいの女性は、
「今回の読み聞かせの会の担当の白井(しらい)です。本日はよろしくお願いします」
と挨拶をし、花梨の向かい側の席に腰を下ろした。

「山之内花梨です。このたびはこのような会を催していただき、ありがとうございます」
「いえいえ、私たちの方こそ、まさか本当に来ていただけるとは思わなかったので、未だに夢じゃないかと思っているんですよ」
「そんな……! 自分が書いた絵本を読んでくださる方がいるだけでも嬉しいのに、読む機会までいただけて、感謝しかありません」

 花梨の言葉に白井は微笑んだ。

「実は先生の大ファンの職員がいまして、時間が出来ると子どもに読み聞かせをしに来るんです。だから子どもたちは先生の絵本をすごく身近に感じていて。この間も入院している男の子が兄弟ケンカを始めちゃって……三兄弟の真ん中だから、上とも下とも張り合っちゃうみたいで」
「三兄弟……」

 そういえば、何度も読み返したテディさんから届いた手紙にも中間子の男の子が登場した──偶然ではあるが、二つの共通点に気付いてドキッとした。

「その職員が先生の絵本を持ってきて、読み聞かせをしながら三人の言い分を聞いてあげて、仲直りしたんです。その子はもう退院したのですが、帰りに絵本を買って帰ったそうですよ」
「そうだったんですか……仲直りのきっかけになってくれたのなら良かったです」

 あの手紙と同じような出来事がここでも起こっていたことに驚きつつも、誰かの力になれたことに喜びを覚える。

「あの、実は子どもたちから先生のサインが欲しいってねだられていまして……」
「私なんかで良ければ、書かせていただきます」
「ありがとうございます! みんな喜ぶわー。あと先生を呼びたいって言った本人が、朝から緊急のオペが入ってしまって。終わり次第駆けつけると言っていましたので、後でご挨拶させていただきますね」

 医者──白井の言葉を聞いた瞬間、花梨の体が緊張でこわばった。ふと医者を目指していた北斗のことが頭に浮かんだのだ。

「お医者様……なんですか?」
「えぇ、外科の医師なんです。本当に先生の絵本が大好きみたいで、いつも机に置いてあるんですよ。今は小児外科を専門にしていますけど、すごく優しいし面白いって子どもたちからも人気で……って、あら、私ったらついお喋りばかりしちゃってすみません! 今日の流れの説明をしていきますね」
「あっ、はい、よろしくお願いします……」

 あんな再会をした後だから、つい彼のことを気にしている自分がいる。お医者様は世の中にたくさんいるもの……すぐに彼と繋げてしまうのは安直過ぎる──花梨は頭を横に振って、北斗のことを頭から追い出すと、白井の言葉に耳を傾けた。
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