妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
「私が絵本を書いていること、知ってたんだね……」
「知ってたよ。名前を見てもしかしてって思って、読んだ瞬間すぐにわかった。すごく山之内さんらしい文章だったからさ」

 ということは、絵本作家の山之内花梨が自分だと知った上で、今回の会を開いてくれたことになる。意図的なものだとわかったが、彼の絵本に対する想いを知ったからか、決して嫌な気持ちはしなかった。

 ただまだ心には壁があり、必要以上に彼が近付くことに不安を覚えていた。あの頃はどれくらいの距離感で彼と接していたのだろう──それが思い出せず、今は体が触れてしまいそうなほどの距離に、戸惑うしかなかった。

「あの……絵本を好きって言ってくれて、すごく嬉しかった。ありがとう」

 しかしいつまで経っても、北斗は花梨を離そうとしないので、困ったように手を少し動かしてみるが、全く意味がなかった。花梨はため息をついてから、北斗の顔をそっと見上げる。

「そろそろ帰りたいから……どいてくれる?」
「それは無理」
「無理って、どういうこと?」
「まずは連絡先を聞かないと。それから次に会う日を決めよう」

 花梨は戸惑いを隠せず、視線が泳ぎ始める。

「……それは……どうかな……。もし私のことを怒っているのなら、今ここで言ってくれればいいし、連絡先は出版社を通してもらえばいいから、もう会うことは──」
「怒るって? そんなふうに思ってたの?」
「……違うの?」

 顔を上げて瞳を瞬いた花梨を、北斗はキョトンとした顔で見つめる。

「そんなわけないじゃないか。とにかく前回は逃げられてるからね。今日は絶対に逃がさないって心に決めてるから、連絡先を教えてくれるまではずっとこのままだよ」
「菱川くんは……どうして私にそこまで構うの? 私なんて、同じ文芸部だったとはいえ、少し話したことがある程度の人間でしょ? 意味がわからないよ……」
「さっき言ったじゃないか。ずっとずっと好きだったって。まさか絵本のことを指しているなんて思ってないよね?」

 そう思い込もうとしている自分がいるのは確かだった。だってそれ以外に、自分の中では理由を見つけられなかったから。花梨は黙って俯き、両手をギュッと握りしめる。
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