妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
「……でもその後、別の子とキスしてたじゃない」
「昔も言ったけど、無理矢理されただけ。突然で拒絶出来なかった。でも本当に一瞬だったんだよ。その現場を山之内さんに見られていたとは思わなかったけど、今更証明するなんて無理だってことはわかってる。でもあの日、俺は窓際に追いやられていなかった?」

 思い出したくないのに、頭に自然とあの日の光景が蘇る。確かに彼の言う通り、女子生徒が窓際に押し付けていたようにも見えた。でもそれは花梨の曖昧な記憶であって、事実とは限らない。

「……よくわからない」
「それならさ、俺が山之内さんにキスした時のことを思い出してよ」

 北斗は身を乗り出し、花梨との距離を詰める。彼の息遣いが感じられるほどの距離感に、心臓が早鐘のように打ち始めた。

「こうして手を重ねて、俺の方から顔を近付けて──」

 キスされる──警戒した花梨は目をギュッと閉じる。しかし何も起こらず、代わりに彼の唇が耳元に寄ったかと思うと、「しないよ。また避けられたら困るからね。今度こそ、俺のことを信じて欲しいんだ」と囁いた。

 心臓が口から飛び出すかと思った。あれから八年も経つのに、あの時のときめきが鮮明に蘇る。

「わかってもらえた?」
「……こんな方法、ずるい」
「でも山之内さん、俺に言ったんだよ。なかったことにしたい、忘れたいって。でも──忘れてなかったよね。むしろしっかり覚えていたように見えるけど」

 否定しようとしたのに、言葉が出なくて口を閉ざした。視線を逸らし、唇をギュッと噛みしめる。

「何その仕草。可愛い過ぎる」
「そ、そんなことない……」
「こっちはキスしたいのを我慢してるんだから、あまり煽らないでくれる?」

 急にキスなどと言われたものだから、花梨は慌てて口を押さえた。しかし顔は熱くなり、まるで心が読まれているような感覚に陥る。

 それを見た北斗は、満足げに笑みを浮かべた。
< 41 / 84 >

この作品をシェア

pagetop